働き方改革関連法自体は2019年4月から適用が開始されていますが、「猶予期間」として5年が与えられました。2024年にはその猶予期間が終了します。
しかし新型コロナ感染症などにより、医療逼迫の状況改善が進まない現状があり、医師の働き方改革はなかなか進んでいません。
医療機関で重要な業務を担う医師の働き方改革には、病院全体での取り組みだけでなく、他業種の理解なども必要不可欠であり、2024年の施行に向けて早急な取り組みが迫られています。
今回は、医師の働き方の現状や今後の動向などについて解説していきます。
目次
医師の働き方改革施行の背景
日本の医師は他のどの職業よりも労働時間が長いと言われています。
日勤からそのまま夜勤に入り、翌朝もまだ業務が・・・というような勤務を繰り返し、家にはたまに帰るくらい・・・。
働き続けて疲弊している医師が大勢いらっしゃいます。
時間外労働・連続勤務が心身に与える影響において、月間45時間・80時間・100時間という残業規制時間があります。
規制が設けられる根拠となっているのが「過労死ライン」です。
「過労死」とは「業務における過重な負荷・心理的負荷」により、「脳血管疾患・心臓疾患・精神障害」を原因として死亡することをいいます。
労働災害の認定において、過労死・過労自殺との因果関係が生じると推定される時間を「過労死ライン」と呼んでいます。
- 具体的には、発症前2ヶ月~6ヶ月の平均時間外労働時間が80時間を超える
- 発症前1ヶ月の時間外労働時間が100時間を超える
と労働基準局長通達で示されています。
なお、発症前1ヶ月~6ヶ月の間に、時間外労働時間が45時間を超えると、労働と発症の関連性が強まっていくということも通達で示されています。
これが「時間外労働45時間規制」の根拠にもなっています。
また、2021年9月には20年ぶりに「脳・心臓疾患の労災認定基準」が改正され、過重労働に「休日のない連続勤務」や「勤務間インターバルが短い勤務(おおむね11時間未満)」が追加され、「過労死ラインを超えていなくても労災と認める場合がある」ことが明記されました。
医師の働き方改革のポイント!何が変わる?
医師の働き方改革のポイントは、次の3点です。
- 時間外労働の上限規制
- 追加的健康確保措置の実施
- 医療機関勤務環境評価センターの設置
以下それぞれ詳しく解説いたします。
①時間外労働の上限規制
まずは、時間外労働の上限規制についてです。
時間外労働の上限について、労働基準法は、36協定により時間外労働をさせられるのは原則月45時間・年360時間と規定されていたものの、医師は当該上限規制の適用外でした。
しかし、2024年4月以降、
- 36協定を締結した場合・・・原則として月45時間、年360時間まで
- 特別条項つきの36協定を締結した場合・・・月100時間、年間960時間まで
に制限されます。
医療機関は改めて36協定等の点検をする必要があります。
ただし、時間外労働が年1860時間を超える医療機関も多い中、年間960時間・月100時間未満の上限規制を一律に適用すると、医療現場が機能不全に陥り、結果的に上限規制が守られないという結果になりかねません。
そこで、医療機関の特性や臨床経験年数に伴い、「A・B・C」の3つの水準が用意されています。
都道府県の指定を受けた特定労務管理対象機関(次のB水準・C水準に指定された機関)であれば、時間外労働の上限規制が緩和され、上限が年間1860時間・月100時間未満になるという制度設計になっています。
A水準
A水準に該当するのは、診療従事勤務医と呼ばれる、病院や診療所などで働く医師です。常勤医師・非常勤医師にかかわらず、すべての医師が含まれます。
後述するB水準・C水準に該当しない医師は、A水準になります。
残業上限:年960時間、月100時間(面接指導等を行った場合は例外あり)
上限時間を超過:連続28時間勤務(宿日直なしの場合)・勤務と勤務の間にインターバル9時間を確保・代償休息をあわせて努力義務とする。
B水準
B水準に該当するのは、地域医療確保暫定特例水準と呼ばれる、救急医療などの緊急性の高い医療を提供する医師です。
具体的には救命救急センター機能を有する病院の勤務医などが該当します。
残業上限:年1860時間、月100時間(面接指導等を行った場合は例外あり)
上限時間を超過:連続28時間勤務(宿日直なしの場合)・勤務と勤務の間にインターバル9時間を確保・代償休息をあわせて義務とする。
C水準
C水準に該当するのは、集中的技能向上水準と呼ばれる、研修医・専攻医などの短期集中的な症例経験を必要とする医師です。
具体的には初期臨床研修医や新専門医制度の専攻医などが該当します。
残業上限:年1860時間、月100時間(面接指導等を行った場合は例外あり)
上限時間を超過:連続28時間勤務(宿日直なしの場合)・勤務と勤務の間にインターバル9時間を確保・代償休息をあわせて義務とする。
※初期研修医における連続勤務時間の制限については、28時間ではなく1日ごとに確実に疲労回復させるため15時間(その後の勤務と勤務の間のインターバル9時間)、または24時間(その後の勤務と勤務の間のインターバル24時間)としなければなりません。
勤務と勤務の間にインターバルを設ける、などの健康確保措置はA水準では「努力義務」であるのに対し、B・C水準においては、「法的義務」となっているため注意が必要です。
B・C水準の指定を受けるためには、医師の労働時間短縮のための計画(医師労働時間短縮計画)の案を都道府県に提出しなければなりません。
特定労務管理対象機関に指定された後は、遅滞なく医師労働時間短縮計画を定めることが必要です。
さらに、一定期間で医師労働時間短縮計画見直しのための検討を行う必要もあります。
特定労務管理対象機関であっても、将来的には労働時間短縮を求められると思われます。
なお、改正法の施行後に、時間外労働の上限規制に違反すると、一般の企業と同様、罰則が科されるおそれがあります。
※6か⽉以下の懲役または30万円以下の罰⾦(労働基準法141条)
②追加的健康確保措置
月の上限を超えて勤務する医師に対しては、医療機関が面接指導を行い、必要に応じて、労働時間の短縮、宿直の回数の減少等、必要な措置を講じる必要があります。
正当な理由なく面接指導を行わない場合や必要な措置を講じていない場合には、都道府県知事が、改善に必要な措置をとるべきことを命じることができるようになっています。
③医療機関勤務環境評価センターの設置
今回の改正法により「医療機関勤務環境評価センター」が設置されることになります(厚生労働大臣が指定)。
医療機関勤務環境評価センターは、医療機関における勤務医の労働時間短縮のための取組み等を評価するという業務を行います。
また、都道府県が特定労務管理対象機関を指定する際、同センターによる評価の結果を踏まえることとされています。
医師の働き方改革に向けて何をすべき?
医療機関は医師の働き方改革に対応するため、下記のような取り組みを進める必要があります。
勤務体制の見直し
医師の労働時間の上限規制に遵守するため、夜勤や休日勤務の削減、医師のタスク分担の見直しなどが必要です。
勤務間インターバルを適切に確保し、医師の休憩時間を確保する必要があります。
連続勤務日数の制限に遵守するため、医師のシフト勤務体制を見直す必要があります。
人材確保・育成
医師の定員確保に向けて、採用活動の強化や研修医の受け入れなどに取り組む必要があります。
医師のキャリアパスを明確化し、長期的なキャリア形成を支援する必要があります。
医療事務職員や看護師などの非医師スタッフの育成にも力を入れる必要があります。
勤務体制の見直し
電子カルテの導入や医療機器の導入などにより、医師の事務作業を削減する必要があります。
業務効率化
ワークライフバランスの向上のための取り組みを進め、医師の働きやすい環境を整備する必要があります。
研修や学会参加などの機会を充実させ、医師の専門性の向上を支援する必要があります。
医師の働き方改革に関する3つの事例
実際の取り組みとして、厚生労働省が発表した「医師の働き方改革に関する好事例」をもとに、医師の働き方改革に関する3つの事例をご紹介します。
労働時間該当性の取扱いを明確化した事例
1つ目は、労働時間該当性における取扱いの明確化です。これまでの医療現場では労働に対する考え方が曖昧で、関連するすべての行為を業務として認識していました。
本事例では労働時間に該当するものと、そうでないものを明確に分け、勤務状況のモニタリングを実施することで時間外勤務の短縮や健康状態の把握を徹底しています。
労働時間に該当するもの | 労働時間に該当しないもの |
診療関連(病棟回診、緊急手術、チャーティング、サマリー作成など) | 休憩時間(食事、睡眠、外出など) |
会議・打合せ(参加必須の会議・委員会・勉強会・カンファレンス) | 自己研鑽(自己学習、症例見学、任意参加の勉強会・カンファレンスなど) |
上長の命令に基づく研究・講演(学会発表・外部公演の準備や研究活動・論文執筆) | 上長の命令に基づかない研究・講演 |
変形労働時間制を導入した事例
2つ目は、変形労働時間制の導入です。変形労働時間制は月単位・年単位で労働時間を調整できる仕組みであることから、繁閑の移り変わりが激しい現場の働き方改革に効果的です。
本事例では1カ月単位の変形労働時間制(1週間あたりの労働時間を40時間に超えないことを前提に、労働日ごとの労働時間を調整する仕組み)を採用することで、時間外労働の削減に成功しました。
外来・手術・当直などをあらかじめスケジュールとして組み込み、1週間単位で繁閑バランスを調整することで、結果として時間外労働の削減を達成しています。
勤怠管理システムによる業務改善の事例
3つ目は、勤怠管理システムの導入です。事例ではBeacon(ビーコン)という端末とスマートフォンを使い、滞在時間を記録するというシステムを導入しています。
具体的には院内の各病棟、チームステーション、外来、救急外来、医局にBeacon(ビーコン)を設置することにより、医師がスマートフォンを携帯してBeacon(ビーコン)のエリアを通過することで、自動的に時間を記録するという仕組みです。
出退勤の状況はタイムカードで把握、確認を行います。Beacon(ビーコン)で各所すべての滞在時間を管理することができ、合算することで1日の総労働時間を把握することが可能です。その他、自己研鑽や就寝等については日報を通じて把握していきます。
まとめ
2024年に向けて、まずは正確に勤務時間の把握ができるシステムを整える必要があります。
そして、前述しました労働と自己研鑽の境界を擦り合わせる等、労働時間を正しくカウントしていくための定義を共有することも重要となります。
また、副業先(派遣先)の勤怠管理をどのように行っていくのかといった部分で新たな仕組みも必要となってくるでしょう。
医師の時間外規制はA水準でも労働基準法の法外レベルで、過労死ラインに達しています。
健康確保措置が求められ、対応しきれない現場もあると予想されます。
罰則の適用を受けることがないように、働き方改革に適正に対応できる仕組み・環境を整えることが病院を守り、そして医師を守っていくことに繋がります。