• TOP
  • 労務トラブル
  • みなし残業制(固定残業代)と就業規則等の定めについて解説!

みなし残業制(固定残業代)と就業規則等の定めについて解説!

みなし残業制度は、労働者が一定の時間外労働等を行うことが予想される場合に、事前に就業規則等で合意されたみなし残業時間分の残業代を固定残業代として支払う制度です。

毎月定額で支給され、残業時間に関わらず一定の金額が支払われます。

これにより、会社は毎月の賃金を固定化することができ、労働者は労働時間が不安定な場合でも収入を安定させることができ、業種や職種によってはメリットの大きな制度ですが、制度設計や運用を誤ると高額の未払賃金が発生する等、リスクも大きな制度です。

本日は、このみなし残業制度の適正な制度設計(就業規則等の定め)と運用について、解説します。

適正なみなし残業制度の要件

みなし残業制度は、実際の残業時間がみなし残業時間を超過した場合には差額を精算する等、適正な制度運用をしなければ未払賃金(未払残業代)が発生します。

みなし残業制度が適正であるために、次の明確区分性と対価性という2つの要件を満たす必要があると考えられます(国際自動車事件(最一小判令和2年3月30日民集第74巻3号539頁)・日本ケミカル事件(最一小判平成30年7月19日集民259号77頁)等)。

 

①明確区分性

賃金のうち、所定労働時間に対する金額と残業時間に対する金額が明確に分けられている必要があります。

例えば、「基本給25万円(時間外労働を含む)」と記載されているだけでは、基本給と固定残業代がいくらなのかが明確でないため、明確区分性を満たしません。

 

では、「基本給25万円(時間外労働30時間を含む)」と記載されている場合はどうでしょう?

時間外労働が30時間を超過したら残業代が支払われるという趣旨なので、明確に定められているように思うかも知れませんが、これだけでは基本給25万円を所定労働時間部分と残業時間部分に区分することはできません。

従って、これも明確区分性を満たさない可能性があります。

なお、あえて「可能性」というワードを用いたのは、このような定めであっても、所定労働時間が定まっていれば次のように区分することができるからです。

よって、所定労働時間が明確であれば明確区分性を一応満たしますが、このような計算をしないと区分できないようなわかりにくい表現はお勧めできません。

 

(区分方法)

基本給25万円(時間外労働30時間を含む。所定労働時間160時間)

 

X:基本給 Y:みなし残業代

 

X+Y=25万円

X/160×1.25×30=Y

この連立方程式を解くと、次のように区分できます。

基本給:202,531円  みなし残業代:47,469円(30時間)

※1円未満で未払いが発生しないように、端数はみなし残業代で切上げ。

 

同様に「基本給25万円(みなし残業代47,469円を含む)。所定労働時間160時間。」と記載されているような場合も、一応、明確区分性を満たしますが、わかりにくい表現はお勧めできません。

明確区分性を満たし、かつ、わかりやすい表現にするのであれば、次のように記載すべきと考えます。

「基本給25万円(みなし残業代47,469円(時間外労働30時間相当)を含む)」

 

②対価性

固定残業代の名目で支給される手当等が、実際に残業の対価としての性質を有している必要があります。

そして、対価としての性質の有無は、「雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである」(前掲日本ケミカル事件最高裁判決同旨)とされています。

従って、次のような例は対価性を満たさないものと考えられます。

 

(例1)

  • 固定残業代として営業手当が支払われているが、みなし残業代であるとの説明が一切なされていない。

(例2)

  • 固定残業代を含む役職手当が支払われているが、その内いくらが固定残業代であるかが明確にされていない。一方で、役職手当が割増賃金の算定基礎になっている。

(ケンタ―プライズ事件(名古屋高判平30年 4日18労判1186号20頁)同旨)

(例3)

  • 1か月の時間外労働の法定上限である45時間を大幅に超えるような時間に相当する固定残業代を定める。

(ザ・ウインザー・ホテルインターナショナル事件(札幌高判平成24年10月19日労判1031号81頁)判決同旨・マーケティングインフォメーションコミュニティ事件(東京高判平成26年11月26日労判1110号46頁)判決同旨)

 

なお、明確区分性と対価性の要件の他、精算条項(超過分の支払う旨の定め)が必要との見解もありますが、精算条項がなく差額の支払いが行われていない場合は固定残業代性を否定する要素にはなり得ますが、精算条項がないこともって固定残業代であること否定することにはならないと考えます。

いずれにしても、実際の就労時間に基づき計算される残業代が固定残業代を超過する場合は、その差額を支払う必要があり、支払わなければ賃金未払いとなります。

 

みなし残業制度のリスク

民事訴訟や労基署の調査により、不適正と判断されると、みなし残業制度自体が無効とされることがあります。

その場合、残業代として支払うつもりであった固定残業手当が割増賃金の算定基礎に組み込まれる可能性があり、時間単価が大きく増額し、未払残業代の精算額が高額になります。

 

(例)例えば、次のように固定残業代として役職手当を支払っていたところ、役職手当の対価性が否定されたため、役職手当が残業代とは認められず、過去3年分の法定時間外労働960時間の割増賃金を精算することになったとします。

 

基本給:32万円 役職手当:75,000円(30時間相当)月所定労働時間160時間

 

当初、会社が想定している時間給は32万円/160=2000円なので、未払の割増賃金は、2000円×1.25×960時間=240万円となります。

しかし、役職手当が割増賃金の基礎となる場合、時間給は(32万円+7.5万円)/160=2468.75円なので、未払の割増賃金は、2468.75円×1.25×960時間=2,962,500円となり、約23%高額になります。

みなし残業制度自体が無効にとされると、このようにリスクが大きくなるため、より適正な制度設計及び運用が望まれます。

 

みなし残業制度の制度設計と運用

ここでは適正なみなし残業制度の制度設計と運用について、説明します。

固定残業代の対象の明確化と就業規則等への記載がポイントになります。

 

固定残業代の対象となる残業

ひとくちにみなし残業制度と言っても、固定残業代の対象とする残業は様々な設定が可能で、残業には次のようなものがあります。

 

残業の種類 割増率(下限) 具体例
法定内時間外労働 0% ・所定労働時間7時間30分の日における、7時間30分超過8時間以内の時間帯

・半休を取得した日の8時間以内の残業

法定時間外労働 25%(※) ・1日8時間超過の時間帯

・週40時間超過の時間帯

深夜労働 25% ・午後10時~午前5時の時間帯
法定休日労働 35% ・法定休日

※ただし、一賃金計算期間における時間外労働が60時間を超過した場合は、超過する部分については50%。

これらの残業のうち、どの残業を固定残業代の対象とするかを明確にしておく必要があります。

 

(就業規則等の記載例)

【すべての残業が対象】

第〇条(固定残業代)

  1. 固定残業代は、法定内時間外労働・法定時間外労働・深夜労働及び法定休日労働のみなし残業の分として支給する。
  2. 固定残業代は、実就労時間に基づく残業代(以下、「実残業代」という。)が固定残業代に満たない場合であっても支給する。
  3. 一賃金計算期間における実残業代が固定残業代を超過した場合は、超過額を支給する。

 

【法定内時間外労働と法定時間外労働が対象】

第〇条(固定残業代)

  1. 固定残業代は、法定内時間外労働及び法定時間外労働のみなし残業の分として支給する。
  2. 固定残業代は、実就労時間に基づく法定内時間外労働及び法定時間外労働残業代(以下、「実残業代」という。)が固定残業代に満たない場合であっても支給する。
  3. 一賃金計算期間における実残業代が固定残業代を超過した場合は、超過額を支給する。

固定残業代の対象として、「法定内時間外労働」の記載が漏れると、残業時間が多くないのに超過分の支払いが発生するという歪な状況になるため、注意が必要です。

なお、単に「時間外労働」とだけ記載している場合は、法定内時間外労働も含むものと考えられます。

 

【深夜労働のみが対象】

第〇条(役職手当B)

  1. 管理監督者には、深夜労働のみなし割増賃金として、役職手当Bを支給する。
  2. 役職手当Bは、実就労時間に基づく深夜割増賃金が役職手当Bに満たない場合であっても支給する。
  3. 一賃金計算期間における深夜割増賃金が役職手当Bを超過した場合は、超過額を支給する。

管理監督者であっても深夜割増賃金の支払は必要となります。

 

固定残業代の計算例

固定残業代の対象をどの残業にするかに応じて、固定残業代を設定する際の計算式が異なります。

計算自体は簡単な算数ですが、正しい連立方程式を用いないと金額の設定の誤りが生じてしまうため、計算例をいくつか示しておきます。

 

(計算例1)

賃金総額:35万円 月所定労働時間160時間、法定時間外労働30時間で、基本給(X)と固定残業代(Y)を設定する場合は、次のような連立方程式を立てます。

 

X+Y=350,000円

X/160×1.25×30=Y

 

基本給(X):283,544円 固定残業代(Y):66,456円(法定時間外30時間相当)

※1円未満の端数は基本給を切り下げ、固定残業代をプラスします。

 

なお、「法定時間外30時間相当」と記載していますが、就業規則等には固定残業代の対象を法定内時間外労働及び法定時間外労働としている場合は、法定内時間外労働を含めることができます。

そして、法定内時間外労働は割増がない(時間給)ため、法定内と法定外の総時間数が30時間未満であれば、実残業代が固定残業代を超過することはありません。

 

(計算例2)

賃金総額:35万円 月所定労働時間160時間、法定時間外労働30時間と深夜労働10時間で、基本給(X)と固定残業代(Y)を設定する場合は、次のような連立方程式を立てます。

 

X+Y=350,000円

X/160×1.25×30+X/160×0.25×10=Y

 

基本給(X):280,000円 固定残業代(Y):70,000円(法定時間外30時間相当及び深夜労働10時間相当)

なお、深夜労働が常に法定時間外労働になる場合は、法定時間外30時間のうち、10時間が深夜労働であるという想定になります。

 

(計算例3)

賃金総額:35万円 月所定労働時間160時間、深夜労働10時間で、基本給(X)と固定残業代(Y)を設定する場合は、次のような連立方程式を立てます。

 

X+Y=350,000円

X/160×0.25×10=Y

 

基本給(X):302,702円 固定残業代(Y):47,298円(深夜労働10時間相当)

管理監督者で固定残業代の対象を深夜労働の割増賃金のみとする場合は、このようになります。

 

みなし残業制の就業規則への記載

労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるのが原則です(労契法7条本文)。

従って、就業規則がある会社では、みなし残業制についても就業規則に記載する必要があります。

なお、就業規則のない会社では、雇用契約書等に記載することになります。

就業規則の記載のポイント

みなし残業制度を採用する場合には、就業規則には次の3点を記載する必要があります。

  1. みなし残業制度を採用する旨
  2. みなし残業の対象となる残業の種類
  3. みなし残業代の金額または時間

①みなし残業制度を採用する旨

みなし残業代(固定残業代)の定めに、最低限、(1)実残業代が固定残業代に満たない場合でも固定残業代を支払う旨、及び、(2)実残業代が固定残業代を超過した場合には差額を支払う旨が定められていることが必要と考えます。

②みなし残業の対象となる残業の種類

みなし残業代(固定残業代)がどの残業を対象とするのかを、特定する必要があります。

③みなし残業代の金額または時間

具体的な金額は基本給等によって異なるため、通常は就業規則には記載しません。

みなし残業時間を統一する場合は、時間外労働30時間分のように記載しますが、残業の対象が時間外労働だけではない場合は「時間外労働30時間相当」または「時間外労働換算30時間」のように、時間外労働だけが対象であると誤解されないように記載することが重要です。

また、従業員毎に時間数が異なる運用を想定する場合は、就業規則に時間を記載する必要はありませんが、労働条件通知書に金額と時間を明記して本人に通知する必要があります。

 

就業規則の記載例

就業規則の記載例をいくつか紹介します。

 

【すべての残業が対象・時間を固定】

第〇条(固定残業代)

  1. 固定残業代は、法定内時間外労働・法定時間外労働・深夜労働及び法定休日労働のみなし残業の分として、法定時間外労働に換算30時間分を支給する。
  2. 固定残業代は、実就労時間に基づく残業代(以下、「実残業代」という。)が固定残業代に満たない場合であっても支給する。
  3. 一賃金計算期間における実残業代が固定残業代を超過した場合は、超過額を支給する。

 

【すべての残業が対象・時間は不定】

第〇条(固定残業代)

  1. 固定残業代は、法定内時間外労働・法定時間外労働・深夜労働及び法定休日労働のみなし残業の分として支給する。
  2. 固定残業代は、実就労時間に基づく残業代(以下、「実残業代」という。)が固定残業代に満たない場合であっても支給する。
  3. 一賃金計算期間における実残業代が固定残業代を超過した場合は、超過額を支給する。

 

【法定内時間外労働と法定時間外労働が対象・時間を固定】

第〇条(固定残業代)

  1. 固定残業代は、法定内時間外労働及び法定時間外労働のみなし残業の分として、法定時間外労働に換算30時間分を支給する。
  2. 固定残業代は、実就労時間に基づく法定内時間外労働及び法定時間外労働残業代(以下、「実残業代」という。)が固定残業代に満たない場合であっても支給する。
  3. 一賃金計算期間における実残業代が固定残業代を超過した場合は、超過額を支給する。

 

【法定内時間外労働と法定時間外労働が対象・時間は不定】

第〇条(固定残業代)

  1. 固定残業代は、法定内時間外労働及び法定時間外労働のみなし残業の分として支給する。
  2. 固定残業代は、実就労時間に基づく法定内時間外労働及び法定時間外労働残業代(以下、「実残業代」という。)が固定残業代に満たない場合であっても支給する。
  3. 一賃金計算期間における実残業代が固定残業代を超過した場合は、超過額を支給する。

 

【深夜労働のみが対象・時間を固定】

第〇条(役職手当B)

  1. 管理監督者には、深夜労働のみなし割増賃金(10時間分)として、役職手当Bを支給する。
  2. 役職手当Bは、実就労時間に基づく深夜割増賃金が役職手当Bに満たない場合であっても支給する。
  3. 一賃金計算期間における深夜割増賃金が役職手当Bを超過した場合は、超過額を支給する。

 

【深夜労働のみが対象・時間は不定】

第〇条(役職手当B)

  1. 管理監督者には、深夜労働のみなし割増賃金として、役職手当Bを支給する。
  2. 役職手当Bは、実就労時間に基づく深夜割増賃金が役職手当Bに満たない場合であっても支給する。
  3. 一賃金計算期間における深夜割増賃金が役職手当Bを超過した場合は、超過額を支給する。

 

おわりに

みなし残業制度は、毎月の人件費を固定化でき、従業員の毎月の賃金を安定させることもできるというメリットがありますが、リスクが大きいため、適正な制度設計を行う必要があります。

導入の際には、ぜひ社会保険労務士にご相談ください。

労務を全力でサポートします!

「労務相談や規則の作成についてどこのだれに相談すればよいのかわからない」
「実績のある事務所にお願いしたい 」
「会社の立場になって親身に相談にのってほしい」
といったお悩みのある方は、まずは一度ご相談ください。

実績2000件以上、企業の立場に立って懇切丁寧にご相談をお受けします!