労働契約を締結する際は、契約内容の全てを契約書には記載せず、従業員一般に適用される内容については、会社が作成する就業規則によって定めることが一般的です。
この就業規則の内容は、会社と個人の間で労働契約が締結されると、個人の同意・不同意に関係なく、従業員に周知されていれば労働契約の一部になります(就業規則の法規範性)。
ただし、就業規則の内容よりも従業員に有利な条件で、個別の内容を交わしたときは、それに従います(就業規則の最低基準効)。
契約は、当事者が内容について合意することで成立するのが近代私法の原則です。
労働契約も、本来は会社と従業員一人一人がそれぞれ内容について合意して締結すべきものですが、従業員は数が多いため、会社が合理的な内容の就業規則を制定することで、画一的・統一的に従業員の契約内容を定めることが例外的に認められています(労契法第7条)。
このように画一的・統一的に従業員に適用される就業規則は、一定の要件を満たせば会社が一方的に内容を変更することができます。
変更内容に、賃金の減額や休日の減少、福利厚生の廃止等、従業員にとって不利益な労働条件の変更を含む就業規則の変更を「就業規則の不利益変更」と言いますが、就業規則の不利益変更についても会社は一方的にすることも可能なのでしょうか?
目次
1.労働条件の変更方法
就業規則の不利益変更の前に、まず労働条件の変更方法について見ていきます。
労働条件を変更する方法は、次の3つの方法があります。
- 労働協約の締結、変更
- 会社と従業員との合意
- 就業規則の変更
①労働協約の締結、変更
労働協約とは、労働組合と使用者との間で締結する労働条件その他に関する取り決めです。
労働協約として認められるためには、書面に記載され、両当事者の署名または記名押印が必要とされています(労働組合法第14条)。
このような労働協約により定められた事項は、就業規則よりも優越し(労基法第92条第1項)、労働協約の締結や変更による不利益な労働条件の変更も「協約が特定のまたは一部の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結された場合」に限って、例外的に無効になると解されています(朝日火災保険(石堂・本訴)事件最高裁判決平成9年3月27日)。
後述するように、就業規則の不利益変更は無効とされるリスクが低くありませんが、労働協約による不利益変更は原則として有効になります。
労働協約は組合員にのみ適用されるものですが、常時使用される同種の従業員の4分の3以上を組織する労働組合と労働協約を締結した場合は、非組合員である同種の従業員にも適用されます(一般的拘束力・労組法第17条)。
従って、企業別組合が大部分である我が国では、労働組合があればほとんどの従業員が同じ組合に所属しているケースが多く、労働協約は不利益な労働条件変更の有用な手段となります。
②会社と従業員との合意
労働契約も契約である以上、合意により締結・変更されるのが原則で、労働契約法第8条でもそのことが確認されています。
(労働契約法)
第8条 労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。
労働条件を従業員に有利に変更する場合に、合意を得ることは問題にもなりませんが、賃金の減額等の不利益な労働条件の変更を行う場合、全ての従業員が変更に同意するとは限らず、第8条による変更は現実的な手段ではありません。
なお、第8条の合意は単に異議を述べなかっただけでは合意があったとは認定されません。
特に、不利益変更の場合、従業員がしぶしぶ合意することが多く、後日「無理やり合意させられた」等の話になる可能性があります。
こういうことを防ぐためにも、適切に説明して、よく考えてもらったうえで合意を取り、そのプロセスを残しておくことが大切です。
➂就業規則の変更
労契法は、労働契約の内容である労働条件の変更は合意によるとする原則を示し(第8条)、続いて就業規則による労働条件の不利益変更は原則として従業員との合意によらず行うことはできないとしつつも(第9条)、第10条において、一定の要件を満たした場合、例外的に就業規則による不利益変更が認められる旨を定めています。
(労働契約法)
第9条 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。
(労働契約法)
第10条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。
つまり、原則としては就業規則の不利益変更はできないが、例外的に、次のような一定の要件を満たすことで可能になるということです。
労契法第10条が定める要件
- 変更後の就業規則の周知
- 変更の合理性
「②変更の合理性」がとりわけ重要なため、次の章で別途詳細に取り上げることとし、ここでは「①変更後の就業規則の周知」について説明します。
労契法第10条にいう「周知」とは、「実質的な周知」であることを意味し、「実質的にみて事業場の労働者集団に対して当該就業規則の内容を知りうる状態に置いていたことを要し,かつそれで足りると解する」と言われており(東京エムケイ事件・東京地裁判例同旨)、従業員の大半が就業規則の内容を知ることのできる状態に置かれていれば問題ありません。
なお、労基法(106条第1項)及び労基法施行規則(第52条の2)で就業規則の周知方法が具体的に定められていますが、こちらは形式的周知と呼ばれており、おおむね形式的周知を行っていれば、実質的な周知は満たされます。
形式的周知の内容(労働基準法施行規則第52条の2)
- 常時作業場の見やすい場所に掲示し、または備え付けること
- 書面を労働者に交付すること
- 磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、かつ各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること
2.変更の合理性
労契法第10条により、変更後の就業規則の内容が合理的であるときは、就業規則の不利益変更は認められますが、ここでは変更内容の合理性が問題になります。
従って、就業規則の不利益変更により、変更前の基本給が20万円であるA社が18万円に減額する場合と、25万円であったB社が18万円に減額する場合、同じ18万円に変更するにしても、B社にはより大きな合理性が求められることになります。
A社が同業他社で、賃金水準を合わせることが合理的であるとしても、B社の変更の合理は否定される可能性が高いのです。
①就業規則の不利益変更の合理性の判断基準
就業規則の不利益変更の合理性は、次の判断基準に照らして総合的に判断されます。。
- 就業規則の変更によって受ける不利益の程度
- 労働条件の変更の必要性
- 変更後の就業規則の内容の相当性
- 労働組合等との交渉の状況
- 就業規則の変更に係るその他の事情
次に、それぞれについて見ていきます。
(1)就業規則の変更によって受ける不利益の程度
就業規則の変更により、従業員が受ける不利益がどの程度であるかということです。
(2)労働条件の変更の必要性
就業規則の変更により、労働条件を引き下げることの必要性がどの程度あるかということです。
必要性は、現実的かつ具体的なものでなければなりません。
また、賃金や退職金等、従業員にとって重要な労働条件についての不利益変更には、高度な業務上の必要性が求められます(大曲市農協事件・最高裁判決)。
(3)変更後の就業規則の内容の相当性
就業規則の変更により、労働条件を引き下げるにしても、どの程度の引き下げであるか(下げ幅の相当性)、下げ幅が大きい場合は経過措置をとっているか(激減緩和措置の有無)、特定の従業員を狙い撃ちするような不公平なものではないか(公平性)等が判断されることになります。
(4)労働組合等との交渉の状況
一方的に就業規則を変更するのではなく、事前に従業員と協議し、不利益を受ける従業員に個別に説明したか等、労使で交渉を行ったかどうかも判断されることになります。
なお、過半数組合がある場合は、合意を経て労働協約を締結した場合には、就業規則の変更の合理性が一応推測されると言われています(第一小型ハイヤー事件最高裁判決・第四銀行事件最高裁判決)。
(5)就業規則の変更に係るその他の事情
その他、賃金を下げる代わりに労働時間を短くする等の代替措置を取っているか(代替措置の有無)、同様な事項についての我が国社会に一般的状況等も考慮されます。
(1)~(5)の要素を満たすよう一つ一つ適切に行うことで、初めて認められるのが就業規則の不利益変更ですが、合理的であるか否かは民事訴訟で争って判決を得ないと終局的には確定しないという不確実性の高いものになります。
従って、就業規則の不利益変更は可能ではあるが、後日、紛争になれば変更そのものが無効になるリスクが常にあることに留意してください。
3.変更内容別に見る合理性の判断
就業規則の不利益変更は無効になるリスクがありますが、有効と判断された事例ももちろんあります。
ここでは、変更内容別にどのように合理性が判断されるか、具体的に見て行きます。
①賃金の減額
(1)賃金の減額幅
賃金減額の場合は、減額の幅が労働者の受ける不利益の程度になります。
どの程度の減額幅が許容されるかは、賃金減額の必要性の程度によりますが、許容される目安は月給について10%以内であると言われています。
根拠は、懲戒事由が複数ある場合の減給処分の限度が、労働者の生活に与える影響を考慮して10%とされていることによるものです(労基法91条)。
もちろん、同条は懲戒処分に適用される規定なので、不利益変更に適用されものではありませんが、労働者の生活に与える影響という点で共通するため、不利益変更の場面でも10%以内が目安であると考えられます。
(2)賃金減額の必要性
賃金や退職金等の重要な労働条件を不利益に変更する場合、高度の業務上の必要性以上のものが求められます。
従って、「業績が悪いから、取り合えず賃金を下げよう。」「この際だから、賃金ベースを下げてしまう。」のような変更は必要性が認められません。
(3)不利益の公平性
賃金減額の必要性がある場合は、従業員全員で応分に負担し、賃金減額の不利益をできる限り公平に分かち合うことが原則です。
高齢層や中間管理職層等、特定の層にのみ不利益を課す変更は無効となるリスクが高くなります。
(4)激変緩和措置・暫定措置
変更後の就業規則の内容の相当性では、従業員が受ける不利益を緩和する措置を講じたかも考慮されます。
従って、賃金減額幅が大きくなるような場合でも、一度に減額するのではなく、例えば3年間かけて逓減するような経過措置(10%の減額でも、1年目3%減少・2年目3%減少・3年目4%減少等)を取ることで、無効となるリスクを軽減することができます。
また、経営不振の状況では、業績が回復した場合は以前の賃金水準に戻してもらえるかどうか、従業員が気に掛けています。
従って、不利益の軽減、また従業員との信頼関係の点でも暫定措置として賃金減額の期間を設け、期間の延長については期間満了時点で改めて検討するという方法も考えられます。
(5)労働組合等の賛成
不利益変更について過半数組合との合意が得られれば、変更の合理性が一応推測されます。
また、過半数組合が無い場合でも、多くの従業員からの理解・賛成を得ることは、不利益変更が無効となるリスクを軽減するため、会社はできる限りの説明を尽くすべきです。
(5)代替措置
賃金減額だけでなく、同時に所定労働日の減少や所定労働時間の短縮を行えば、不利益が緩和され、無効となるリスクを軽減することができます。
②労働時間の変更
労働時間の変更には2種類あり、例えば賃金を変更せずに労働時間が増加する場合は、実質的には賃金減額に当たるため、不利益変更には賃金減額と同様に高度の業務上の必要性以上のものが求められます。
一方、労働時間の増加を伴わない変更は、賃金減額にはならないため、要求される業務上の必要性はそれほど高くはありません。
ここでは、労働時間変更の類型毎に、求められる業務上の必要性の程度について見て行きます。
(1)所定労働時間の増加
所定労働時間を増加する場合は、年間の総所定労働時間が短縮、又は変更前と同等である場合には、賃金減額に当たらないと考えられます。
例えば、所定労働時間を1日7時間30分から8時間に延長すると同時に、年間休日数を増加し、年間単位の所定労働時間が同程度な場合です(年間の所定労働時間が減少して時間当たりの基本賃金額が増加したこと等を理由に、不利益が大きいものではないとされた事例として、羽後銀行事件・最高裁判決)。
なお、所定労働時間が増加すると、変更前はもらえていた残業手当が減少するという不利益が発生しますが、残業命令は会社の裁量であり、従業員にとっては義務に過ぎないため、残業手当の減少は重要な不利益とはなりません。
(2)所定労働時間の減少
所定労働時間を減少すること自体は、従業員に有利なので不利益変更には該当しません。
ただし、それに伴って賃金減額をする場合は、賃金についての不利益変更に当たるため、高度な業務上の必要性以上が要求されます。
なお、賃金減額に比例して所定労働時間を減少することは、代替措置として不利益を緩和する効果はありますが、これによって、直ちに変更の合理性ありとされるものではありません。
(3)休憩時間の増加(拘束時間の延長)
休憩時間の増加は、一見、従業員に有利な変更のように思えますが、拘束時間の延長を意味し、私生活の時間を圧迫するものであるため、不利益変更になります。
ただし、賃金のような重要な労働条件ではないため、求められるのは通常の業務上の必要性となります。
(4)始業・終業時間の変更
始業・終業時間を9:00~18:00から8:00~17:00に変更するようなケースで、不利益変更となり得ます。
賃金のような重要な労働条件ではないため、求められるのは通常の業務上の必要性ですが、変更の程度に応じて、その程度は異なると考えます。
例えば、変更が1時間程度の繰り上げ・繰り下げに留まるような場合は、求められる業務上の必要性は小さいでしょうが、数時間ないし10数時間に及ぶ場合は、従業員の生活に与える影響が大きいため、求められる業務上の必要性も大きくなります。
(5)休日の減少
年間120日あった所定休日を110日に減らすような場合です。
賃金水準を維持したまま、年間の総労働時間が増加する場合は、賃金単価の引き下げとなり、賃金減額に当たるため、高度の業務上の必要性が求められることになります。
一方、同時に所定労働時間の減少等により、年間の総労働時間を維持するのであれば、賃金減額には当たりません。
しかし、上述した所定労働時間の増加とは異なり休日自体が減ることは不利益変更です。
また、所定労働時間の延長であれば労働日数は変わらないのに対し、休日減少の場合は労働日数が増え、それに伴って通勤の回数等の負担が多くなります。
従って、休日の減少では、高度の業務上の必要性までは求められませんが、求められる業務上の必要性の程度は、年間の総労働時間が維持される場合は大きく、年間の総労働時間が減少する場合は小さくなると考えるべきです。
(6)休日の変更
土日が所定休日であった会社が別の曜日に変更する場合です。
小売業や飲食業等、週末に集客の多い業種で行われることが想定される一方、土日に開催されることが多いイベントに参加しにくくなる、小さい子供を育てる親にとっては家族との時間を持つことが難しくなる等の不利益が生じます。
休日の変更は不利益変更になり得ますが、求められる業務上の必要性の程度は小さいと考えられます。
➂その他
最後にその他の不利益変更について、見て行きます。
なお、休職制度・賞与制度・退職金制度の変更等、ここで取り上げていない不利益変更も多数あります。
(1)固定残業制度の導入
25万円の基本給のうち5万円部分について、割増賃金に充当する固定残業代とするような場合です。
純粋な基本給が25万円から20万円となり、基本給の実質的減少になる変更なので賃金減額に当たり、高度の業務上の必要性が求められます。
ただし、残業をしなくても固定的手当が得られる側面もあるため、従業員の合意を得ることが比較的容易です。
なお、基本給25万円に加えて新たに固定残業手当5万円を設けることは、不利益変更に該当しません。
(2)固定残業制度の廃止
25万円の基本給と5万円の固定残業代が支払われている場合に、固定残業代を廃止し、25万円の基本給をベースにして、実残業時間に基づく残業代を支払うというものです。
残業をしなくても貰えた固定残業代が、実際に残業をしなければ貰えない残業代に置き換わるため、賃金減額に当たり、高度の業務上の必要性が求められます。
なお、実残業時間に基づく残業代が常時固定残業代を超過しており、差額が支払われているという状況では見かけ上の不利益がないため、あっさりと従業員の合意を得られる可能性もあります。
一方、基本給に5万円の固定残業代を加算して、基本給30万円とし固定残業制度を廃止することは不利益変更に該当しません。
(3)懲戒事由の追加・懲戒の程度の厳罰化
ハラスメント防止措置として懲戒事由を設けるように、懲戒処分に該当する行為を追加しなければならないことがあります。
懲戒事由の追加は、確かに不利益変更ではありますが、懲戒事由は服務規律であり、その変更は労働条件の不利益変更ではありません。
また、従業員は懲戒事由に該当する行為をしなければよいだけで不利益性もかなり低いことから、業務上の必要性が存在し、懲戒事由が不合理なものでなければ足りるものと考えます。
また、パワハラについての懲戒処分をけん責から減給に変更する等、懲戒の程度を厳罰化しなければならないことがあります。
このような場合も、懲戒事由の追加と同じく不利益がかなり低いため、業務上の必要性が存在し、不合理なものでなければ足りるものと考えます。
なお、懲戒処分は懲戒解雇濫用法理(労契法15条)により、就業規則の規定が有効であっても、個別事案では適用が認められないことがあります。
まとめ
会社も従業員も、就業規則の不利益変更(労働条件の引き下げ)は回避したいところですが、せざるを得ない場合もあります。
そのようなときに、就業規則の不利益変更が例外的に可能であるが、かなり慎重に行わなければならず、特に、賃金や退職金のような重要な労働条件については「業績が悪いから、とりあえず賃金を下げよう。」「まずは、人件費から削減してみよう。」のような安易な引き下げが認められず、他に効果的な手段がないというような高度な業務上の必要性が求められることが理解できたかと思います。
就業規則の不利益変更の合理性は、民事訴訟の判決により確定するもので、無効となるリスクをゼロにすることはできません。
ケースによっては、不利益変更よりも人員整理の方が、リスクが少ないこともあり得ます。
このようなことから、就業規則の不利益変更をお考えの場合は、社会保険労務士や弁護士等の専門家にご相談のうえ、進めることをお勧めします。