医師の働き方改革を進める上での注意点

我が国の医療は医師の長時間労働により支えられており、今後、医療ニーズの変化や医療の高度化、少子化に伴う医療の担い手の減少が進む中で、医師個人に対する負担がさらに増加することが予想されます。

こうした中、医師が健康に働き続けることのできる環境を整備することは、医師本人にとってはもとより、患者・国民に対して提供される医療の質・安全を確保すると同時に、持続可能な医療提供体制を維持していく上でポイントになります。

こうした中、労務管理の徹底や労働時間の短縮により医師の健康を確保し、全ての医療専門職がそれぞれ自らの能力を活かし、より能動的に対応できるようにすることで、質・安全が確保された医療を持続可能な形で提供することを目指して、2024年4月から医師の働き方改革が開始されます。

 

1.医師の働き方改革

(医師の働き方の現状)

医師の働き方の現状は次のような問題点を抱えています。

①医師の長時間労働

病院常勤勤務医の約4割が年960時間超、約1割が年1,860時間超の時間外・休日労働をしていると言われており、特に救急、産婦人科、外科や若手の医師は長時間の傾向が強くなっています。

 

②労務管理が不十分

36協定が締結されていない、客観的な時間管理が行われていない医療機関が多数存在すると言われています。

 

③業務に医師が集中しすぎ

患者への病状説明や血圧測定、記録作成等、医師免許が必要ない業務まで医師が行わなければならない等、業務が医師に集中し過ぎていると言われています。

 

(働き方改革の内容)

これらの問題点を解消するために、働き方改革によって次のような対策が取られます。

 

①長時間労働を生む構造的な問題への取組み

長時間労働を生む構造的な問題への取組みとして、医療施設の最適配置の促進(地域医療構想・外来機能の明確化)、地域間・診療科間の医師偏在の是正及び国民の理解と協力に基づく適切な受診の促進が行われます。

 

②医療機関内での医師の働き方改革の推進

行政による支援のもと、医療機関内における適切な労務管理の推進やタスクシフト・シェアの推進(業務範囲の拡大・明確化)が行われます。

特に、タスクシフト・シェアについては、2021年10月の法改正等により、看護師、薬剤師や医療事務作業補助者等ができる業務範囲が拡大し、医師以外の医療従事者への業務の移管・共同化が進められています。

 

③時間外労働の上限規制と健康確保措置の適用

医師の長時間労働を実際に解消するために、2024年4月より、医師についても時間外労働の上限規制と追加的健康補確保措置が適用されようになります。

(出典:厚生労働省)

 

今回は、これらの働き方改革のうち、時間外労働の上限規制と追加的健康確保措置の適用について、注意点を解説します。

 

2.医師の時間外労働の上限規制

病院もしくは診療所で勤務する医師(医療を受けるものに対する診療を直接の目的とする業務を行わない者を除く。)または介護老人保健施設もしくは介護医療院において勤務する医師に限られ、「特定医師」と言われ、一般の労働者と異なる緩和された労働時間の上限規制が適用されます。

なお、そもそも医師ではない医療事務、歯科医師や獣医師、または診療を直接の目的とする業務を行わない産業医や血液センター等の勤務医等は、「特定医師」にはならず、通常の労働者と同じ時間外労働の規制が適用されます。

そして、特定医師の時間外労働の上限規制は、次のように勤務する医療機関を3つの水準に分類し、それぞれの水準ごとに異なる上限規制が適用されます。

 

水準 対象となる医療機関
A水準 一般の医療機関
連携B水準 医師の派遣を通じて地域医療を確保するために必要な役割を持つ特定の医療機関
B水準 三次救急や救急搬送の多い二次救急指定病院、がん拠点病院などの医療機関
C-1水準 臨床研修医や専攻医の研修のため、やむを得ず長時間労働になる場合に適用され、研修プログラム中、時間外・休日労働の年単位換算の想定最大時間数が960時間を超える医療機関
C-2水準 専攻医を卒業した医師が、高度な技能の修得のためにやむを得ず長時間労働となる場合に適用され、その医師の育成のために、十分な教育研修環境を有する医療機関。

 

注意点(ポイント)

  • 医師の時間外労働の上限規制は、特定医師にのみ適用される。
  • 上限規制の内容は、勤務する医療機関の水準によって異なる。

 

一般の労働者は、特別条項がない36協定を締結した場合、原則の時間外労働の上限時間は月45時間以内・年360時間以内となりますが、この点は特定医師であっても一般の労働者と違いはありません。

特定医師が緩和された上限規制の適用を受けるためには、特別条項付きの36協定を締結する必要があります。

一般の労働者でも特別条項付きの36協定を締結することで、臨時的な特別の事情により原則の上限時間を超える場合には、月100時間未満(休日労働を含む)、2~6か月平均で80時間(休日労働を含む)及び年720時間以内(休日労働を含まない)を上限に就労させることが認められます(ただし、月45時間を超えることができるのは、1年のうち6か月まで)。

これに対して、特定医師は、特別条項付きの36協定を締結することにより、臨時的な特別の事情によって原則の上限を超える場合には、勤務する医療機関の水準に応じて、次のような緩和された上限時間の規制が適用されます。

これらの範囲内で、事業場単位の上限となる「特別延長時間の上限」と個人単位の上限となる「時間外・休日労働の上限」を特別条項で定めることで、それが上限になります。

なお、個人単位の上限というのは医師の派遣や副業や兼業等により、他の事業場で就労することを想定した制限になります。

医療機関に適用される水準 特別延長時間の上限

(事業場単位の上限)

時間外・休日労働時間の上限

(個人単位の上限)

A水準 月100時間未満・年960時間 月100時間未満・年960時間
連携B水準(※) 月100時間未満・年960時間 月100時間未満・年1,860時間
B水準 月100時間未満・年1,860時間 月100時間未満・年1,860時間
C水準 月100時間未満・年1,860時間 月100時間未満・年1,860時間

※連携B水準は、医師の派遣を行う医療機関であるため、自院での時間外・休日労働の上限は年960時間ですが、他の医療機関に派遣した場合には、その個人単位で年1860時間まで時間外・休日労働をさせることができます。

 

注意点(ポイント)

  • 通常の36協定は、特定医師も一般の労働者と同じ上限時間になる。
  • 特定医師が上限時間の特例の適用を受けるためには、特別条項付36協定を締結する必要がある。
  • 労働時間の上限には、事業所単位の上限(特別延長時間の上限)と個人単位の上限(個人単位の上限)がある。

 

3.追加的健康確保措置

一般の労働者に適用される時間外労働の上限を超えて医師が働かざるを得ない場合、医師の健康の確保及び医療の質や安全を確保するために、一般の労働者について限度時間を超えて労働させる場合に求められている健康福祉確保措置に加えた措置(追加的健康確保措置)が義務づけられています。

具体的には、追加的健康確保措置①(連続勤務時間制限・勤務間インターバル等)と追加的健康確保 措置②(医師による面接指導、結果を踏まえた就業上の措置等)等があり、次のように医療機関の水準によって異なります。

 

医療機関に適用される水準 追加的健康確保措置①

(連続勤務時間制限・勤務間インターバル等)

追加的健康確保措置②

(医師による面接指導等)

A水準 努力義務 義務
連携B水準・B水準 義務 義務
C水準 義務 義務

 

(追加的健康確保措置①の内容)※A水準は努力義務

 

①連続勤務時間制限

特定医師が連続して勤務できる時間は、宿日直許可を受けている当直明けの場合を除き、前日の勤務開始から 28 時間が上限となります。

ただし、初期臨床研修医(※)については、9時間以上の勤務間インターバルの確保が必要となり、さらに連続勤務時間制限が15 時間となります。

ただし、臨床研修における必要性から、指導医の勤務に合わせた連続勤務が必要な場合には、24 時間以下の連続勤務が認められますが、その場合の勤務間インターバルは 24 時間以上確保しなければならないとされています。

なお、宿日直許可を受けている場合、宿日直業務中は、通常の業務が発生しない限り、労働時間としてはカウントされません。

 

※ 医師免許取得後、まず研修医として2年以上にわたり国の指定を受けた研修病院や大学病院で研修を受けるルールが医師法によって定められており、その研修期間にある医師を初期臨床研修医と言います。

②勤務間インターバル

当直及び当直明けの日を除き、通常の日勤(9時間程度を超える連続勤務)後の次の勤務までに9時間以上のインターバル(休息※)を確保する必要があります。

また、当直明けの日(宿日直許可がない場合)については、28 時間までの連続勤務時間制限を導入した上で、この後の次の勤務までに 18 時間以上のインターバル(休息)を確保しなければなりません。

なお、宿日直許可がある場合の当直明けの日については、宿日直業務中は労働時間としてカウントされないため、通常の日勤が可能であり、その後の次の勤務までに9時間以上のインターバルを確保すれば問題ありません。

 

※前日の仕事の終わり時間(終業時間)と翌日の仕事の開始時間(始業時間)の間に、一定時間の休息(労働時間・休憩時間・拘束時間のいずれにも該当しない完全オフの状態)の時間を設けることをインターバルと言います。

③代償休息

連続勤務時間制限・勤務間インターバル確保を実施することが原則ですが、日々の患者様のニーズのうち、長時間の手術や急患の対応等やむを得ない事情によって例外的に実施できなかった場合に、代わりに休息を取ることで疲労回復を図るものです。

代償休息の付与方法としては、対象となった時間数について、所定労働時間中における時間休の付与、勤務間インターバル幅の延長のいずれかによることとなり、代償休息を生じさせる勤務が発生した日の属する月の翌月末までに代償休息を付与する必要があります。

 

(追加的健康確保措置②の内容)※全ての水準で義務

①面接指導

面接指導は、長時間労働の医師一人ひとりの健康状態を確認し、必要に応じて就業上の措置を講じることを目的として行われます。

この面接指導は、一月あたりの時間外・休日労働について、100時間未満という一般の労働者に適用される上限規制を例外的に緩和するための要件と位置付けられ、時間外・休日労働が「月100時間未満」の水準を超える前に、睡眠及び疲労の状況を確認し、一定以上の疲労の蓄積が確認された者については月100時間以上となる前に面接指導を行うことを義務付けられています。

なお、毎月あらかじめ決めておいた時期(時間外・休日労働時間が100時間以上となる前)に面接指導を行うことも可能です。

 

②就業上の措置

面接指導の結果により、就業上の措置を講じる必要がある場合は、面接指導を実施した医師が医療機関の管理者に意見を述べることになります。

具体的には、面接指導の結果により本人への指導区分(0.措置不要、1.要保健指導、2.現病 治療継続または医療機関紹介)及び就業区分(0.通常勤務、1.就業制限・配慮、2.要休業)を判定し、報告書と意見書を作成の上、管理者に報告します。

管理者はこの意見を踏まえて、本人の健康確保のために必要な就業上の措置を最優先で講じることが求められます。

さらに、B水準及びC水準の医療機関では、時間外労働の上限である年 1,860 時間の月平均時間数(155時間)を超えた際には、時間外労働の制限等、上述の就業上の措置と同様に労働時間を短縮するための具体的取組を講じる必要があります。

 

注意点(ポイント)

  • 特定医師に対して、追加的健康確保措置をすることが医療機関に義務付けられる。
  • 追加的健康確保措置は、追加的健康確保措置①(連続勤務時間制限・勤務間インターバル・代替休息)と追加的健康確保措置②(面接指導・就業上の措置)に分けられ、追加的健康確保措置②は全ての水準で義務であるが、追加的健康確保措置②はA水準が努力義務、B水準・C水準は義務である。

 

4.その他の注意点

①特定医師と特定医師との副業・兼業について

特定医師が副業・兼業を行う場合も通常の労働者と同様に、副業・兼業先での労働時間が通算されます。

ただし、36協定は医療機関ごとに延長時間を定めるものであるため、特別条項で定められる特別延長時間の上限は、副業・兼業の場合も、それぞれの医療機関は自らの医療機関における時間外・休日労働を自らの36協定の範囲内とすれば問題ありません。

つまり、特別延長時間の上限との関係では、副業・兼業先の時間外・休日労働時間は通算されないのです。

ただし、特定医師の個人単位の時間外・休日労働の上限については、自院と副業・兼業先における時間外・休日労働時間を合計して、上限の範囲内にする必要があります。

つまり、時間外・休日労働時間の上限との関係では、副業・兼業先の時間外・:休日労働時間が通算されるのです。

(出典:厚生労働省)

 

②特定医師が転職した場合について

特定医師が特例水準(B水準・連携B水準・C水準)の医療機関から、A水準の医療機関に転職したとき、転職後の医療機関の36協定の対象期間内に特例水準の医療機関内で勤務していた期間を含む場合、特定医師個人に適用される「時間外・休日労働時間の上限」は、転職後も特例水準における上限となります。

この取扱いは、特例水準の医療機関から時間外・休日労働時間の上限(個人単位の上限)が少ない(年960時間)A水準の医療機関に特定医師が転職した場合に、労働時間の上限による制限を緩和するものです。

(出典:厚生労働省)

 

③特例水準の指定の効力が消滅した場合

医療機関の特例水準の指定は、都道府県知事により行われますが、3年ごとに更新しない限り効力が失われます。

また、医療機関に特例水準の指定に該当する業務がなくなったときや、指定の要件を事後的に欠くことになった場合には、都道府県知事により指定が取り消されることもあります。

このような場合は、36協定で定められた特例水準に関する特別延長時間の上限(事業場単位の上限)を適用することはできなくなりますが、同期間中は、特定医師個人の上限である「時間外・休日労働の上限」は特例水準の上限が適用されます。

この取扱いは、転職した場合と同様に、勤務する医療機関の特例水準の指定が失効し、時間外・休日労働時間の上限(個人単位の上限)が少ない(年960時間)A水準の医療機関になったとしても、労働時間の上限による制限を緩和するものです。

(出典:厚生労働省)

 

5.まとめ

このように2024年4月から開始される医師の働き方改革は、通常の労働者に適用されるものとは大きく異なります。

各医療機関の経営者や人事労務担当の方は、今回、「まとめた医師の働き方改革を進める上での注意点」を参考にして、それぞれの改革を推進してください。

なお、社会保険労務士法人ベスト・パートナーズは、もちろん医療機関ではありませんが、代表者である竹谷保宣及び米田憲司は医師に負けないくらい医療機関というものを熟知しています。

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