「労働契約」とは、労働条件に関する合意を内容とする「契約」のことをいいます。
今回は「労働契約」について詳しく解説します。
労働契約とは
労働契約法第6条においては、下記の通り定められています。
労働契約法第6条
労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。
これは、労働契約の成立についての基本原則である「合意の原則」を確認したものです。
労働契約は、合意によって成立するものと定められている通り、合意さえあれば、書面の作成は必要ありません。
民法第522条にも、「契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。」と定められています。
しかし、口頭での労働契約では、「言った」「言っていない」といったトラブルが生じる可能性がございます。
そこで、労働契約書において労使の署名をすることで、労働契約に対する合意についての証拠として残すことになります。
労働契約法第4条では、労働契約の内容はできる限り書面により確認するものと定められています。
このことからも、労働契約は書面にて行うことが望ましいことが分かります。
労働契約法第4条は、契約内容について労働者が十分理解しないまま労働契約を締結又は変更し、後にその契約内容について労働者と使用者との間において認識の齟齬が生じ、これが原因となって個別労働関係紛争が生じることを防止することが趣旨とされています。
労働契約法第4条
①使用者は、労働者に提示する労働条件及び労働契約の内容について、労働者の理解を深めるようにするものとする。
②労働者及び使用者は、労働契約の内容(期間の定めのある労働契約に関する事項を含む。)について、できる限り書面により確認するものとする。
労働契約法第4条第1項は、労働契約の締結前において使用者が提示した労働条件について説明等をする場面や、労働契約が締結又は変更されて継続している間の各場面が広く含まれるものです。
これは、労働基準法第15条第1項により労働条件の明示が義務付けられている労働契約の締結時より広いものです。
あらゆる場面において、労働契約の締結当事者である労働者及び使用者が契約内容について自覚することにより、契約内容があいまいなまま労働契約関係が継続することのないようにすることが重要です。
労働契約の内容
それでは、労働契約の内容である労働条件については、どのようなものになるでしょうか。
労働基準法第15条第1項では、労働契約締結時における労働条件の明示が義務付けられています。
また、労働基準法施行規則第5条にて、明示する内容が定められています。
労働基準法第15条
①使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
②前項の規定によつて明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。
③前項の場合、就業のために住居を変更した労働者が、契約解除の日から十四日以内に帰郷する場合においては、使用者は、必要な旅費を負担しなければならない。
労働基準法施行規則第5条
①使用者が法第15条第1項 前段の規定により労働者に対して明示しなければならない労働条件は、次に掲げるものとする。
ただし、第四号の二から第十一号までに掲げる事項については、使用者がこれらに関する定めをしない場合においては、この限りでない。
一 労働契約の期間に関する事項
一の二 就業の場所及び従事すべき業務に関する事項
二 始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項
三 賃金(退職手当及び第五号に規定する賃金を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
四 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
四の二 退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
五 臨時に支払われる賃金(退職手当を除く。)、賞与及び第8条各号に掲げる賃金並びに最低賃金額に関する事項
六 労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項
七 安全及び衛生に関する事項
八 職業訓練に関する事項
九 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
十 表彰及び制裁に関する事項
十一 休職に関する事項
②法第15条第1項 後段の厚生労働省令で定める事項は、前項第一号から第四号までに掲げる事項(昇給に関する事項を除く。)とする。
③法第15条第1項 後段の厚生労働省令で定める方法は、労働者に対する前項に規定する事項が明らかとなる書面の交付とする。
労働契約の内容(2024年4月改正事項)
2024年4月からは、前述の明示事項に加えて、下記事項も明示することが必要となります。
(出典:厚生労働省)
①就業場所・業務の変更範囲
ここでは、できる限り就業場所・業務の変更の範囲を明確にするとともに、労使間でコミュニケーションをとり、認識を共有することが重要とされています。
しかし、就業場所・業務に限定がない場合は、「会社の定める〇〇」と記載するほか、変更の範囲を一覧表として添付することも可能とされています。
(出典:厚生労働省)
(出典:厚生労働省)
②更新上限の有無と内容
有期労働契約の締結と契約更新のタイミングごとに、更新上限(通算契約期間または更新回数の上限)がある場合には、その内容の明示が必要になります。
(出典:厚生労働省)
③無期転換申込機会・無期転換後の労働条件
「無期転換申込権」が発生する契約更新のタイミングごとに、該当する有期労働契約の契約期間の初日から満了する日までの間、無期転換を申し込むことができる旨(無期転換申込機会)を書面により明示することが必要になります。
初めて無期転換申込権が発生する有期労働契約が満了した後も、有期労働契約を更新する場合は、更新の都度、上記の明示が必要になります。
「無期転換申込権」が発生する契約更新のタイミングごとに、無期転換後の労働条件も書面により明示することが必要になります。
明示する労働条件は、労働契約締結の際の明示事項と同じものです。
(出典:厚生労働省)
労働契約書と雇用契約書
ここまで説明してきた「労働契約」と似た言葉として、「雇用契約」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。
結論から言えば、「労働契約」と「雇用契約」はほぼ同じ意味と考えていただいて問題ございません。「労働契約書」と「雇用契約書」も同様です。
民法第623条では、「雇用」は、『当事者の一方が「相手方に対して労働に従事する」ことを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる』と定められています。
「相手方に対して労働に従事する」とある通り、すべての人を「雇用契約」の当事者として定義しています。
労働契約法第6条では、「労働契約」は、『「労働者が使用者に使用されて労働し」、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する』と定められています。
「労働者が使用者に使用されて労働し」とある通り、使用従属関係が認められる労働者と使用者を、「労働契約」の当事者として定義しています。
民法第623条の「雇用」は、「労働契約」に該当するものです。また、民法第632条の「請負」、同法第643条の「委任」又は非典型契約であっても、契約形式にとらわれず実態として使用従属関係が認められ、当該契約で労務を提供する者が労働契約法第2条第1項の「労働者」に該当する場合には、当該契約は「労働契約」に該当するものとなります。
説明としては難しいですが、民法で用いられている概念が「雇用」であり、労働法で用いられている概念が「労働」であると考えていただくと良いでしょう。
明確な違いはございませんので、実務上はほぼ同義という認識で困ることはないかと思われます。
最後に
労働契約には、不利な立場に陥りやすい労働者保護のため、法的なルールが定められています。
ルールを理解せずに労働契約を締結すると、労使間のトラブルになる可能性がございます。
また、労働者保護の観点から、労働契約の締結や変更は、以下の原則に基づいて行うことが必要とされています。
- 労使の対等の立場によること
- 就業の実態に応じて、均衡を考慮すること
- 仕事と生活の調和に配慮すること
- 信義に従い誠実に行動しなければならず、権利を濫用してはならないこと
基本的な労働契約の原則を理解することが、トラブルの防止を含めた労働環境の向上に寄与することになるでしょう。