企業にとって、従業員に対する懲戒処分は、社内秩序を維持し、企業の利益を守る上で重要な手段です。
中でも懲戒解雇は最も重い処分であり、従業員の規律違反に対して行われます。
しかし、懲戒解雇は従業員にとって非常に厳しい処分のため、労働契約法第15条によって濫用が厳しく制限されています。
この記事では、懲戒解雇の要件やその後の影響について解説します。
目次
懲戒解雇とは
懲戒解雇は、会社から従業員に対する「懲戒処分の中で最も重い処分」です。従業員の規律違反に対して、解雇を行います。
懲戒解雇は従業員にとって非常に厳しい処分であるため、労働契約法15条「懲戒」で「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と使用者側の乱用を防止しています。
安易に「嫌な従業員だな。」「仕事できないな。」等で懲戒解雇にしてしまうと裁判等において、懲戒事由が認められない・不当解雇とみなされてしまうおそれがあります。
②懲戒解雇までの流れ
実は、「懲戒解雇」自体は明確な法律上の根拠はありません。
なので、就業規則によって懲戒解雇について規定する必要があります。
ちなみに「懲戒解雇」は主に民間企業で使用されており、公務員などは「懲戒免職」という言葉が使用されています。
以下の表をご覧ください。
軽いものは「戒告 → 口頭注意など」で日常でも使用される企業も多いと思います。
上表で右にいくにつれて重くなっており、最終手段として「懲戒解雇」となります。
③解雇の種類について
解雇は3パターンあり、「整理解雇」人員整理(リストラ)になります。
会社側の運営に支障をきたした場合に、人件費削減のために行います。(30日前に解雇予告 30日を切ると解雇予告手当の支払いが必要)
「普通解雇」本人の病気などにより出勤が難しい場合、能力不足や成績不足など会社が求めるレベルに達していない場合に用いられます。(30日前に解雇予告 30日を切ると解雇予告手当の支払いが必要)
「懲戒解雇」労働基準監督署が認めた場合に限り、解雇予告手当を支払う必要はありません。普通解雇も30日前の予告が一般的です。
④懲戒解雇を行うには証拠が必要か?
当然ながら日頃よりできる限り証拠を残しておくことが重要です。
「始末書」「顛末書」などは書面で残るのでわかりやすいですが、例えば、②の「戒告」をとっても口頭だけで終わるのではなく、口頭で注意しその後書面で残し、口頭で注意をした内容の書面に署名や押印をしてもらうと証拠が残ります。
懲戒解雇の要件と事案
懲戒解雇の要件と事案について解説します。
①懲戒解雇の要件とは?
懲戒解雇の要件は、下記の4点です。
- 就業規則に懲戒解雇を行うことができると記載されていること
- 従業員の行為が、懲戒解雇を行うことができると規定されている事由に当たること
- 懲戒解雇が労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であること(労働契約法15条)。
- 懲戒処分に先立ち、労働者に弁明の機会を与えること
それぞれ詳しく解説します。
(1)就業規則に懲戒解雇を行うことができると記載されていること
中小企業で人数の少ない会社の場合、就業規則がないということもありますが、そのような会社では従業員が横領したとしても、あらかじめ懲戒解雇について定めたルールが会社にないと、懲戒解雇はできません。
また、行ったとしても無効になるということになります。
(2)従業員の行為が、懲戒解雇を行うことができると規定されている事由に当たること
もし、就業規則に懲戒解雇についてのルールが定めてあったとしても、具体的に問題となっている労働者の
行為が就業規則に記載されている懲戒解雇を行うことができる事由に該当する必要があります。
ここで注意すべき点は、同じ行為について、すでに他の懲戒処分(戒告(文書・口頭による注意)、譴責(始末書の提出等)、出勤停止、降格、減給など)を行った場合には、その行為を理由に懲戒解雇することはできません。(二重処罰は懲戒解雇にできない)
(3)懲戒解雇が労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であること(労働契約法15条)。
そのため、過去に同じ行為について、懲戒処分をしていないかについて確認しておく必要があります。
(4)懲戒処分に先立ち、労働者に弁明の機会を与えること
意外と重要なのが④です。どんなに労働者の行為が悪質なものであっても、この機会を設けておかなければ、懲戒解雇が無効と判断される可能性があります。
実際に弁明の機会がなく、企業側が敗訴した判例もあります。
また、必ず証拠に残しておくことが必要になります
できれば弁明の機会は聞く側は2名、該当者1名の配置が望ましいでしょう。
そして、録音等客観的な証拠を残すことも重要となります。
②懲戒解雇対象になる可能性の高い事案
懲戒解雇の対象になる可能性の高い事案についていくつかご紹介します。
(1)金銭や物品の横領
横領は懲戒解雇になる可能性があります。
例:2019年|A信用組合 2億円を横領した元支店長を懲戒解雇
信用組合において、預金などから約2億円を着服した元支店長を懲戒解雇としたうえで、業務上横領の罪で刑事告訴の手続きを進めていることが報道されています。
(2)重要な業務命令拒否
従業員は、労働契約の合意内容の枠内で、会社に対して誠実に労務を提供する義務(誠実労働義務)を負います。
もし、従業員が業務命令に従わない場合、誠実労働義務の不完全履行となり、就業規則上の懲戒事由に該当すれば懲戒解雇の可能性もあります。
「重要な」ですので、基本的には諭旨解雇は望ましいかと思われます。
(3)重大なハラスメント(セクハラ・パワハラ)
セクシャル・ハラスメントやパワー・ハラスメントは、通常は一発で懲戒解雇となる可能性は低いですが
強制わいせつや強姦に類似するようなセクシャル・ハラスメントや恐喝や傷害にいたるようなパワー・ハラスメントの場合は、事案の悪質性から懲戒解雇が認められる可能性があります。
(4)重大な勤怠違反
従業員が正当な理由なく、無断で欠勤・遅刻・早退を繰り返している場合、懲戒処分の対象とされることがあります。
一般的には、長期(2週間以上)の無断欠勤等が相当悪質であるという場合に限り、遅刻・欠勤による懲戒解雇が認められることになると考えられています。
(5)重大な経歴詐称
労働者が採用の際に学歴や資格、職歴、犯罪歴などの経歴を偽っていた場合、「経歴詐称」として懲戒解雇の対象になる可能性があります。
(6) 会社の名誉を著しく害する重大な犯罪行為
殺人、強盗、強姦などの重大犯罪や会社の名声を著しく貶めるような犯罪行為がある場合、懲戒解雇が認められます。
また、「私生活」において会社の信用や社会的評価を大きく損なわせるような行為を行った場合、懲戒解雇が認められることがあります。
最近では私生活上のSNSやブログへの投稿であっても、投稿内容が会社の業務内容に関することであり、投稿内容が悪質で会社の信用・社会的評価を大きく低下させてしまうようなケースでは、懲戒処分が有効になることが多いと考えられます。
懲戒解雇の影響
懲戒解雇になるとその後どのような影響があるのか解説します。
(1)解雇予告手当が支給されないことが多い
労働基準監督署に懲戒解雇が認められると即日解雇が可能になります。
従って本来解雇30日前を切ると「解雇予告手当」が支払われますが、懲戒解雇の場合は支払われません。
(2)転職(再就職)できない可能性がある
一般的に、懲戒解雇の経歴があるということは、懲戒解雇に相当するほど悪質性の高い行為を行ったと推測され、警戒されてしまう可能性が高いといえます。
「履歴書に書かないとわからない」と思われる方もいると思いますが、履歴書への記載を行わなければなりません。(経歴詐称になる可能性があります)
(3)退職金をもらえないことが多い
退職金制度がある企業の場合は、就業規則の退職金規程等に退職金を全額不支給または一部不支給と規定している会社も多くあります。
懲戒解雇を検討する会社が注意すべき点とリスク
懲戒解雇は、企業にとって従業員の規律違反に対する最終手段ですが、同時に多くのリスクを伴います。
不適切な手続きや不当な判断は、企業に大きな損害を与える可能性があるため、慎重な検討が不可欠です。”
不当解雇のリスク
懲戒解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合、権利の濫用として無効となります。
安易な解雇は、不当解雇として従業員から訴訟を起こされるリスクがあります。
裁判で不当解雇と判断された場合、企業は多額の賠償金を支払う可能性があり、従業員との信頼関係も著しく損なわれます。
企業のレピュテーションリスク
不適切な懲戒解雇は、企業の評判に悪影響を及ぼす可能性があります。
SNSなどを通じて情報が拡散される現代において、不当な解雇は企業のイメージダウンにつながり、採用活動や事業運営にも支障をきたす恐れがあります。
企業の信頼を維持するためには、公正かつ透明性のある対応が不可欠です。
適正な手続きを怠ったことによる無効
懲戒解雇を行うには、就業規則への明記、懲戒事由への該当性、弁明の機会の付与など、労働契約法や判例で示された適正な手続きを踏む必要があります。
これらの手続きを一つでも怠った場合、たとえ懲戒事由が存在しても、懲戒解雇が無効と判断される可能性があります。
有効な懲戒解雇のためには、厳格な手続きの遵守が求められます。
助成金への影響
企業が従業員を懲戒解雇した場合、雇用関連の助成金の受給資格に影響が出る可能性があります。
例えば、過去に解雇を行った企業は、一定期間、新規の助成金申請ができないといった制限が設けられる場合があります。
懲戒解雇が企業の財務状況に予期せぬ影響を与える可能性も考慮に入れる必要があります。
最後に
懲戒処分は社内秩序を守り、従業員のモラル向上につながり、企業の利益を守る有効な手段です。
しかし、前述の通りただ単に「仕事ができない」「感じの悪い従業員だからクビにしたい」等客観的に判断が難しい場合は企業側の権利の乱用として「懲戒解雇は無効」になる可能性が極めて高くなります。
また、助成金に影響する可能性もあります。
有効に懲戒解雇を行うために、日頃より証拠を集める意識を持ち、就業規則に懲戒処分に関する事項の明記や、解雇予告手当の支給など労働基準法や労働契約法、実務上の取扱いに則った適切な対応が必要になります。