社労士から見たIPO(株式上場)における監査について

企業の成長ステージにおいて、監査はガバナンス強化の要です。

特に株式公開(IPO)においては、財務諸表の適正さを保証する会計監査に加え、主幹事証券会社から労務監査の実施を強く推奨されるケースが急増しています。

これは、未払い賃金や不適切な労働時間管理といった労務リスクが、上場審査における重大な懸念事項となっている明確な証拠です。

本稿では、監査の基本から、IPOにおいて必須となる財務諸表の監査や内部統制の監査について解説。

さらに、上場を確実に実現するために欠かせない『労務監査』の具体的な調査内容、N-3期という早い段階での実施が推奨される理由、そして簿外債務ともみなされかねない「残業代等の未払い賃金」対策など、注意すべき8つの重要ポイントを深掘りします。

厳しい上場審査を乗り越え、企業価値を高めるために。今すぐ取り組むべき労務監査の全容をご確認ください。

監査とは

まずは『監査』についてご説明いたします。

監査とは組織の活動や財務状況が法令や社内規定に沿って適切に行われているかを評価し、その結果を報告することです。

主な目的は、財務報告の信頼性を確保し、不正やミスを防ぐことです。

監査の対象によって企業の会計をチェックする『会計監査』、業務の有効性を評価する『業務監査』の2つに分類されるほか、監査人の立場によって『外部監査』『内部監査』『監査役監査』の3つに分類されます。

また、法律により義務付けられている監査を『法定監査』と呼び、法律上の強制ではなく任意で実施する監査を『任意監査』と呼びます。

そしてIPOにおいては公認会計士や監査法人による『会計監査』によって財務諸表の正確性を保証することが証券取引所の上場審査基準で求められています。

会計監査とは、直近2期分の財務諸表について、適正かつ法令に準拠して作成されているかを確認するプロセスです。

また、監査法人は内部統制の設計や運用の評価も行い、必要に応じて改善点を指摘します。

IPOにおける監査法人が監査する監査内容

IPOにおいて監査法人が実施する監査内容は主に下記の4つとなります。

1,財務諸表の監査

上場前の2期分の財務諸表について、重大な虚偽表示がなく、適用される会計基準に従った、正確で信頼できるものであるかを確認するプロセスです。

監査人は取引記録や契約書、帳簿などの証拠を収集し、財務諸表の項目が適正に処理されているかを検証します。

2,内部統制の監査

内部統制報告制度への対応や内部統制システムが適切に設計・運用されているかを確認するプロセスです。

監査人は内部統制の設計評価を行い、リスク管理、業務プロセス、財務報告の各領域におけるコントロールが合理的かどうかを確認します。

そして、内部統制が実際に運用されているかを評価し、その実施状況を調査します。

この調査結果から内部統制が期待通りの効果を上げているかを評価し、不備や改善点が見つかれば、修正提案を行います。

3,経営管理体制の監査

経営層が効果的な経営戦略を策定し、その実行を適切に管理・監視しているかを評価するプロセスです。

経営戦略が現実的な目標を持ち、収益予測やコスト管理が適切かを確認します。

また、経費精算や承認プロセスなどの社内規定の遵守状況を評価し、労働法や環境規制、倫理規定もチェックします。

最後に、内部監査制度の有効性を評価し、企業全体の経営の健全性や透明性を確保することで、持続的な成長を目指します。

4,予算管理体制の監査

予算の策定、実行、管理を適切に行っているかを確認するプロセスです。

予算策定プロセスでは、まず売上や利益、原価の根拠や前提条件の妥当性を評価します。

次に、月次や四半期ごとに実績と予算を比較し、差異を分析して予算がどれだけ適切だったかを評価します。

その後、実績の変化に応じた予算修正の方法を検証しその合理性を確認します。

以上はIPOにおいて必須となる監査となります。

これに加えて昨今、IPOを行う上におてい主幹事証券会社から「社労士等の専門家による労務監査を受けてください」と言われるケースが非常に増えています。

労務監査はIPOにおいては必須事項ではありません。しかし主幹事証券会社からこのように言われるのは、労務分野におけるリスク(例えば未払い賃金等)が上場の審査においても重要視されている表れとなっています。

次章からはこの『労務監査』について解説していきます。

労務監査の内容、重要性

『労務監査』とは、企業が労働諸法令を遵守しているかを調査することです。

具体的には、労務帳票・規定類等書面が整備されているか、就業規則等で決められたルールで運用されているか、労働時間の管理・集計は適正か、賃金は適正に支払われているかをヒアリングやアンケートによって調査し、監査結果を評価します。

労務監査の流れは大まかに下記のようになります。

1,実施準備

  • 監査内容、範囲、期間の検討、打ち合わせ
  • 監査人の編成、監査見積もり
  • スケジュール作成
  • 監査対象書面の確認
    (就業規則、36協定、労働条件通知書、出勤簿、賃金台帳等の確認)

2,労務監査

  • 監査の実施(ヒアリング、現地調査、アンケート)
  • 監査結果の評価
  • 監査報告書の作成

3,労務監査報告

  • 監査報告会の実施
  • 是正改善提案、事後検証、改善フォロー

そして、IPOにおいて労務監査を行うタイミングについてですが、『N-3期に入る前』と『N-1期(直前期)』の2回となります。

『N-3期に入る前』では監査法人によるショートレビューを受ける前に、上場のための課題を見つける調査を受けることが大切です。

労務監査を実施することで、社内体制を整えていることが明確になるため、監査法人に選ばれやすくもなります。

『N-1期(直前期)』はその前の期までに整えた社内管理体制を運営する時期です。

直前の法改正に対応しているかなどについて調べ、上場審査に進めるようにする必要があります。

前章でも記載しましたが、IPOを行うにおいて労務監査は必須ではありません。

 

しかし近年、企業の労務管理や労働環境が重視されるようになり、上場に向けて社労士による労務監査を行うケースが増えています。

IPO審査の基準は非常に厳しいもので、法令違反があるとまず上場が許可されません。

労務においては、頻繁な法改正も相まって適法に運用していると思っていたが、いざ審査を受けてみると違法な運用をしてたということもざらにあり、これが原因で上場を断念するということも無きにしも非ずです。

労務に対する審査の目は非常に厳しくなっており、IPOにおける労務監査の重要性は年々重くなっているのが現状です。

労務監査において注意しなければならないポイントとは

労務監査で重要なポイントは主に以下の8つとなります。

  • 残業代等の未払い賃金がないか
  • 労働時間は適切に管理されているか
  • 雇用契約書を作成しているか
  • 社会保険の加入漏れはないか
  • 36協定を締結・届出しているか
  • 就業規則は整備されているか
  • 安全衛生管理体制を整備しているか
  • 社員が適法に有給休暇を取得しているか

この中でも最も注意しなければならない項目は『残業代等の未払い賃金がないか』です。

未払い賃金が仮にあるとIPOにおいては『簿外債務』とみなされてしまいます。

簿外債務は、IPO審査で最も警戒されるリスクの1つで、場合によっては、IPOを中断させる可能性がある要因となりうるため、審査前にこれらを解消することは必須となります。

また、未払い賃金があるということは労務管理が不十分とみなされ 、この点においても上場が認められない大きな要因の1つとなる可能性があります。

未払い賃金が発生しないためにはまず、従業員の労働時間を正確に管理し、残業代をきちんと支払う仕組みを整備することが必須です。

労務監査と言ったらまずは『未払い賃金の有無の確認』と言われるほど、この項目は非常に重要なものとなっています。

また、IPOをしない会社でも未払い賃金は違法であり、放置してると従業員との紛争リスク、思わぬ出費のリスクが高くなっていくばかりでありますので、早急に改善する必要があります。

 

次に重要な項目は先の未払い賃金にも関わることではありますが『労働時間は適切に管理されているか』となります。

上記においても指摘しましたが、従業員の労働時間を正確に管理しなければ未払い賃金の発生リスクは高くなります。

そして残業時間については、労働基準法において月45時間・年360時間を超えてはいけないとされています。

そして、臨時的な事情があっても、月100時間未満、2〜6ヶ月平均80時間以内に納めなければなりません。

労務監査では、客観的で適切な記録が求められるため、実際の労働時間とタイムカードの記録が合致していることが非常に重要視されます。

また、36協定届の提出は大前提として、労使間で合意した残業時間を超えていないかを確認することも大切です。

また、昨今方々で耳にしますメンタルヘルス不調・ハラスメントへの対応についても注意が必要です。

平成26年6月労働安全衛生法の改正でストレスチェックが義務化され、従業員常時50人以上の全事業場に毎年1回の実施と労基署への報告が義務づけられました。

また、令和2年6月には労働施策総合推進法の改正でパワハラ防止措置が義務付けられ、企業の相談窓口の設置や、パワハラを起こさせない体制づくり(防止措置)が会社の義務となっています。

これらの義務を怠り、必要な措置を行わない状態でメンタルヘルス不調者が出てしまった場合、安全配慮義務違反を問われることもあります。

『メンタルヘルス対応マニュアル』を作成するなど、従業員が働きやすい健康的な職場を実現するための十分な対策が必要となります。

 

以上の注意すべき項目は適法に運用がされていることが必須ではありますが、これ以外の項目についても、運用について指摘されるリスクは数多くあります。

IPOにおいて労務監査の重要性は今後もどんどん高くなっていくことが予想されますので、早期に労務監査を受け、IPOに向けて準備を万全なものに整えておくことが重要です。

まとめ

今回はIPOに掛かる労務監査についてご紹介いたしましたがいかがでしたでしょうか?

繰り返しとなりますが労務監査とは、企業が労働に関する法律を正しく守っているかをチェックする調査のことです。

IPOにおいては労務監査は必須ではありませんが、実施することで、確実にIPOの審査に通りやすくなるものです。

また投資家は企業の労働環境などの取り組みに注目しているので、労務監査を行うことで投資家の信頼を得られる可能性も高まります。
IPOを目指している企業は、まずは『労務監査において注意しなければならないポイントとは』でご紹介しました8項目をご確認してはいかがでしょうか?

そして、IPOを目指していない企業においても、定期的な労務監査は労務分野のリスクを少なくさせるためにとても有効な取り組みとなります。

簡易労務監査でもいいですので、定期的に自分の企業の現状を確認していくことをお勧めいたします。

IPOにおける労務監査やその他労務監査の対応についてお困りごとがある場合は、様々な業種の労務監査を数多くこなしております社会保険労務士法人ベスト・パートナーズにお気軽にお問い合わせいただけますと幸いです!

※弊所では、労働トラブル等について、会社経営者様からのご相談(会社側のご相談)のみをお受けしております。
利益相反の観点から、従業員・労働者側からのご相談はお受けしておりませんので、予めご了承ください。

社会保険労務士法人ベスト・パートナーズが
労務を全力でサポートします!

「労務相談や規則の作成についてどこのだれに相談すればよいのかわからない」
「実績のある事務所にお願いしたい 」
「会社の立場になって親身に相談にのってほしい」
といったお悩みのある方は、まずは一度ご相談ください。

実績2000件以上、企業の立場に立って懇切丁寧にご相談をお受けします!