休職と休業、手当をめぐる法的責任の根本的な違いはご存知でしょうか。
休職と休業は、労働者が一時的に労働を免除される状態ですが、その法的根拠、責任の所在、そして会社が賃金・手当の支払い義務を負うかという点で明確に区別されます。
この区別が、手当の有無や割合を決定づける最初の分岐点です。
休職は、主に労働者側の個人的な事情によるもので法律上の規定はなく、会社独自の制度です。
一方で休業は、会社都合や法令上の権利に基づくもので、労働基準法や民法によって規定されています。
会社に金銭的な補償義務が生じるのは、主に休業の場合であり、特に「会社に責任があるかないか」(帰責事由の有無)が、手当の有無と割合を決定的に左右します。
目次
休職手当の性質:会社独自の制度と公的支援
休職は、労働者側の個人的な事情(主に業務外の病気や怪我)による労働義務の免除であり、民法の「ノーワーク・ノーペイの原則」が適用されます。
休職手当の法的性質と会社独自の制度
休職手当という用語は法的な定義を持たず、会社に賃金や手当の支払い義務は原則ありません。
企業によっては、従業員の生活を支援し、スムーズな復職を促すために、就業規則で「休職手当」を独自に設けている場合があります。
これは法的な義務に基づく手当ではない会社独自の福利厚生です。支給割合(例:基本給の30%や50%)や期間は、企業の就業規則によって異なります。
公的支援としての傷病手当金の詳細
休職期間中に会社から給与が支払われない労働者の生活を支えるため、健康保険から傷病手当金が支給されます。
これが一般に「休職手当」と混同されがちですが、支給元は会社ではなく健康保険です。
支給を受けるには、業務外の事由による療養、労務不能であること、そして連続する3日間の待期期間が満了していることなどが求められます。
待期期間は有給休暇を使用した日や公休日も含めてカウントされますが、連続している必要があります。
支給額は、支給開始日以前の標準報酬日額の3分の2相当額です。最長で支給を開始した日から通算して1年6ヶ月が上限であり、この期間内であれば一度復職しても再度休職した場合に受給を再開できます(ただし、通算期間内に限ります)。
休業手当:労基法と民法、会社に責があるかないか
休業手当の支払い義務が発生するかどうかは、休業の原因が「使用者の責めに帰すべき事由」、すなわち会社側の責任にあるかどうかによって決定されます。
休業の法的根拠と「使用者の責」の広範な定義
「使用者の責めに帰すべき事由」は、会社の故意・過失といった明確な「落ち度」だけでなく、経営上の判断や管理上のリスク(経営リスク)も幅広く含むと解釈されます。
具体例としましては、景気悪化による生産調整(一時帰休)、資材調達の失敗、機械故障、親会社の経営難、ストライキ後のロックアウト(正当な理由がない場合)なども、広く会社側の責任と見なされます。
この広範な定義により、天災など不可抗力以外は、ほとんどの会社都合休業が休業手当の支払い対象となります。
会社に「責がある」場合の法的義務(労基法60% vs. 民法100%)
会社に「責がある」休業の場合、会社は労働者の生活保障と契約上の公平性の観点から、労働基準法と民法の二つの法律に基づく責任を負うことになります。
労働基準法第26条:休業手当の最低保障(平均賃金の60%以上)
労働者の最低限の生活を保障するため、労基法は会社に平均賃金の100分の60(6割)以上の休業手当の支払いを最低限の義務として課しています。
これが休業手当の法的定義です。
この60%を下回る支給は、労基法違反となり罰則(30万円以下の罰金)の対象となります。
民法第536条第2項:賃金全額(100%)の原則
一方、民法は、会社の責任で労働契約上の義務が履行できなかった場合、労働者は本来得るべき賃金全額(100%)を請求できるという原則を示しています。
判例や通説では、民法上の全額請求権が優先し得ると解釈されているため、企業は就業規則や労働協約において「休業手当は労働基準法第26条に基づき平均賃金の60%を支払う」という明確な規定を設け、労働者との間で包括的な合意を得ておくことが実務上不可欠です。
この合意がない場合や、会社の責任が極めて重大な場合は、労働者は民法に基づき賃金全額(100%)を請求できるリスクが会社には残ります。
「平均賃金」の計算方法と実務上の注意点
休業手当の計算の基礎となる平均賃金は、労働基準法第12条に基づき、以下の原則で計算されます。
計算原則: 休業日の直前3ヶ月間(賃金締切日がある場合は直前の賃金締切日から遡る)にその労働者に対して支払われた賃金の総額を、その期間の総日数(暦日数、休日含む)で割った金額。
除外される賃金: 賞与や臨時に支払われた賃金は除外されます。
最低保障額との比較: 日給制、時給制、出来高払制の労働者の場合、上記の原則で算出した金額が、別途定める最低保障額(労働した日数で割った金額の60%)よりも低い場合は、最低保障額が平均賃金となります。
会社に「責がない」場合(不可抗力)の支払い義務
休業が天災事変や行政の命令など、会社が最大限の努力をしても休業を避けられなかった不可抗力による場合は、「使用者の責めに帰すべき事由」に該当しません。
この場合、労働基準法上の休業手当支払い義務は発生せず、民法上も労使双方に責がないため賃金請求権は発生しません。会社に手当の支払い義務は原則ありません。
ただし、企業には従業員の生活に配慮する努力義務があるため、会社の任意で特別手当を支給したり、労働者に有給休暇の取得を勧めたりするなどの対応が求められます。
おわりに
休職手当と休業手当、そしてそれらを規定する労働基準法と民法の関係は、「誰が責任を負うか」という帰責事由に集約されます。
労働者の事情(休職)には、公的支援(傷病手当金)がある代わりに、会社からの支払い義務は原則ありません。
会社の事情(休業)には、労働基準法により最低60%の支払い義務があり、民法上は100%の請求リスクが存在します。
なお、不可抗力による休業には、会社に支払い義務は発生しません。
企業は、休業させる場合は労働基準法第26条の最低ライン(60%)を厳守しつつ、民法上のリスク(100%請求)を管理するため、就業規則を整備し、労働者に対する責任と義務を適切に果たすことが求められます。
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