M&Aと労務デューデリジェンスについて

M&Aは、「Mergers and Acquisitions(合併と買収)」の頭文字を取った言葉です。

合併とは、2つ以上の企業が1つになることで、買収とは、他企業の経営権を買い取ることです。一方、デューデリジェンス(Due Diligence)とは、当然行われるべき(Due)注意・努力(Diligence)と直訳されます。

M&Aに際して、「当然行われるべき注意・努力」として、買い手企業は買収対象企業の実態を事前に把握し、価格や取引について適切な判断をするための調査を行います。

この調査のことをデューデリジェンスといい、買収後に事業継続の支障となるような大きな財務・法務・労務等に関するリスクが隠れていないかを、外部の専門家に調査依頼をし、適正価格かどうかの判断材料とします。

また、ときに価格交渉の材料にもなります。

今回はM&Aと労務デューデリジェンスについて解説します。

1.M&Aとは

M&Aとは合併と買収のことですが、それぞれどのようなものがあるか簡単に見ていきます。

①合併

合併とは、2つ以上の企業が1つの企業になるスキームです。

合併によるM&Aは、他社を完全に獲得するスキームとして使われており、グループ企業の組織再編・業績不振の企業における救済・税務メリットの効果など、様々な目的用いられています。

 

吸収合併と新設合併がありますが、一般的に新設合併をすると手続が煩雑になるため、吸収合併を選ぶケースがほとんどです。

(1)吸収合併

吸収合併は、1社だけが残り他の企業が消滅するスキームです。

吸収合併で残る企業を「吸収合併存続会社」、吸収合併で消滅する企業を「吸収合併消滅会社」と言います。

仮に、存続会社を株式会社ベスト・パートナーズ、消滅会社を株式会社米田商店とします。

株式会社ベスト・パートナーズは吸収合併により、株式会社米田商店の持つ資産・負債及び権利・義務の一切をそのままの条件・内容で承継します。

(2)新設合併

新設合併は、合併するすべての企業を新しく設立する会社に吸収させるスキームです。

新設合併により消滅する2社を株式会社竹谷商店と株式会社米田商店、合併後設立する新設会社を株式会社ベスト・パートナーズとします。

新設合併により、株式会社竹谷商店と株式会社米田商店の持つ資産・負債及び権利・義務の一切をそのままの条件・内容で株式会社ベスト・パートナーズが承継します。

新たに会社を設立する手間や、㈱竹谷商店から㈱ベストパートナーズ、㈱米田商事から㈱ベストパートナーズへの承継手続を考えると、新設合併の方が実務面で煩雑になります。

吸収合併と新設合併では得られる効果はそれほど変わりませんが、新設合併のデメリットが大きいため、新設合併はあまり持ちられません。

(3)合併比率

合併をするときは、消滅会社の株主は対価として存続会社の株式の交付を受けます。

その際に、消滅会社の持ち株数の応じて受け取ることができる、存続会社の株式数のレートを表したものを合併比率と言います。

この合併比率は、原則は消滅会社と存続会社の1株当たりの純資産の比率で決まります。消滅会社の株主としては、消滅会社の純資産がより多ければ、受取れる存続会社の株式数も多くなり、逆に、存続会社の株主は消滅会社の株主が存続会社の株式数を多く受け取ることは、自らの持分比率の低下を意味します。

このように合併比率は、株主の利害を決定付けるものであり、その背景にある純資産額の適正性や純資産額が減少するような潜在的なリスクの有無等をデューデリジェンスによって調査することが重要になるのです。

②買収

買収とは、株主から所有する株式を買い取り経営権や事業の一部を取得するスキームです。

単純な株式譲渡だけでなく、株式交換、株式移転、株式交付、第三者割当増資や事業譲渡等があります。

(1)株式交付制度(令和3年3月施行)

せっかくなので、令和元年の会社法改正で導入され、令和3年3月1日に施行された「株式交付制度」について触れておきます。

株式交付制度は、新たな企業買収の手法で、類似する株式交換制度と異なり、完全(100%)子会社とならない範囲で他の株式会社を自社の子会社とすることができる制度です。

株式会社ベストパートナーズが株式会社竹谷組を子会社化するという場合を考えます。

いきなり、株式会社竹谷組の議決権株式の全てを取得するというスキームもありますが、資金上の理由等から、まずは持分法適用会社(議決権株式の20%以上50%以下)とし、その後、議決権株式の51%以上を取得して子会社化し、さらに最終的には議決権株式の100%を取得し完全子会社化するという場合があります。

従来からある株式交換は、一気に株式会社竹谷組を完全子会社化する場合に、株式会社竹谷組の株主が株式を手放す対価として、株式会社ベストパートナーズの株式を渡す、つまり株式を交換することが可能でしたが、段階的に子会社する場合には活用できませんでした。

株式交付制度は、これを補う手法として、令和3年3月1日施行の会社法改正で導入されました。

株式交付の概要は次のようなものです。

 

株式交付:株式会社が他の株式会社その子会社とするために当該他の株式会社の株式を譲り受け、その対価として譲渡人に当該株式会社の株式を交付することをいいます。

 

  • 被買収会社である「他の株式会社」は、会社法上の株式会社に限られ、持分会社や外国会社は対象となりません。
  • 株式交付は、子会社でない株式会社を新たに子会社にしようとする場合に限り利用できます。従って、持分法適用会社等50%以下の議決権株式を取得する場合や既に子会社である株式会社の議決権数を増やす場合には利用できません。

(2)対価の決定

ここでは株式交付を例にあげましたが、企業買収をどのような方法で行う場合であっても、その対価の決定は重要事項です。

株式を手離す株式会社竹谷組の株主は、株式会社ベストパートナーズの株式を1株でも多く取得したい、逆に株式会社ベストパートナーズの株主は譲り渡す株式はなるべく少なくしたいと考えるでしょう。

この場合も、合理的な対価を決める主な基準は会社の純資産となり、純資産額の適正性や純資産額が減少するような潜在的なリスクの有無等をデューデリジェンスによって調査することが重要になります。

なお、当事務所はこのような組織再編についても熟知しておりますので、お気軽にご相談ください。

 

2.労務デューデリジェンスとは

デューデリジェンスとは、M&Aで買収価格を決定する際やIPOで売り出し価額を決定する際に、基礎となった財務諸表(BS・PL等)、経営環境や事業内容等を調査することです。

デューデリジェンスの調査項目は多岐にわたり、「財務デューデリジェンス」「法務デューデリジェンス」「労務デューデリジェンス」「税務デューデリジェンス」等があり、これらのデューデリジェンスにより、財務諸表の正しさと潜在的なリスクの特定と評価を行い、対象となる企業の真の価値を評価します。

その中でも、近年は、長時間労働による過重労働、またサービス残業による残業手当の未払問題、労使トラブルなど、従業員の人事労務に関する問題が、M&AやIPOなどに、大きな影響を及ぼすものとして着目されており、「労務デューデリジェンス」は人事労務分野での法令違反(労働関連法等)と簿外債務(未払残業代等)の調査するものです。

①労務デューデリジェンスの調査項目

労務デューデリジェンスの調査項目は、労働基準行政関連法令、職業安定行政法令、団体労使関係法令及び社会保険諸法令と社会保険労務士が熟知している法令がそのまま当てはまります。具体的には次のようなものとなります。

(1)労働基準行政関連法令

〇労働基準法

労働条件に関する最低基準を定めています。

  • 賃金の支払の原則・・・直接払、通貨払、金額払、毎月払、一定期日払
  • 労働時間の原則・・・1週40時間、1日8時間
  • 時間外・休日労働・・・労使協定の締結
  • 割増賃金・・・時間外・深夜2割5分以上、休日3割5分以上
  • 解雇予告・・・労働者を解雇しようとするときは30日以上前の予告または30日分以上の平均賃金の支払
  • 有期労働契約・・・原則3年、専門的労働者は5年

この他、年次有給休暇、就業規則などについて規定しています。

 

〇最低賃金法

賃金の最低額を定めています。

都道府県ごとに、産業や職種を問わず、すべて労働者と使用者に適用される地域別最低賃金を定めています。

 

〇労働者災害補償保険法

業務上の事由や通勤による労働者の負債、疾病、障害や死亡等に対して必要な保険給付を行うこと定めています。

 

〇労働安全衛生法

(1)危険防止基準の確立、(2)責任体制の明確化、(3)自主的活動の促進などにより、職種における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを定めています。

 

〇労働時間等設定改善法

事業主等に労働時間等の設定の改善に向けた自主的な努力を促すことで、労働者がその有する能力を有効に発揮することや、健康で充実した生活を実現することを目指した法律です。

 

〇労働契約法

就業形態が多様化し、労働条件が個別に決定されるようになり、個別労働紛争が増加しています。

そこで、紛争の未然防止や労働者の保護を図るため、労働契約についての基本的なルールをわかりやすく明らかにしたものです。

(2)職業安定行政法令

〇雇用保険法

雇用保険制度について定めています。

 

〇職業安定法

求人についてのルール等を定めています。

 

〇労働施策総合推進法

「パワハラ防止法」とも呼ばれ、多様な働き方の推進について定めています。

 

〇高年齢者雇用安定法

65歳までの雇用確保措置等、働く意欲がある誰もが年齢にかかわりなく能力を十分に発揮できるよう、高年齢者が活躍できる環境整備を定めています。

 

〇障害者雇用促進法

障害者の法定雇用率等、障害者の雇用の安定を実現するための具体的な方策を定めています。

 

〇男女雇用機会均等法

労働者が性別により差別されることなく、充実した職業生活を営むことができる雇用環境整備を定めています。

 

〇育児介護休業法

育児休業及び介護休業等、育児または家族の介護を行う労働者が、雇用を継続することができる雇用環境整備を定めています。

 

〇短時間労働者雇用管理改善法

短時間・有期雇用者が、通常の労働者との均衡のとれた待遇の確保等を図ることができる雇用環境整備を定めています。

 

〇パートタイム有期雇用労働法

同一労働同一賃金等、パートタイム労働者及び有期雇用労働者と通常の労働者との均等・均衡待遇の確保を推進するための雇用環境整備を定めています。

 

〇労働者派遣法

労働者派遣事業と、労働者派遣における派遣元、派遣先及び派遣労働者の関係等について定めています。

 

〇入国管理法

外国人の在留資格や就労ビザ等、外国人が日本国内に在留する際のルール等について定めています。

(3)団体労使関係に関する法令

〇労働組合法

労働組合と会社の間で締結する労働協約の手続や団体交渉のルール等が定められています。

(4)社会保険諸法令

〇健康保険法

健康保険の諸制度について定めています。

 

〇厚生年金保険法

厚生年金の諸制度について定めています。

②簿外債務

労務デューデリジェンスでは、①の法令遵守なされていないことにより存在する簿外債務の調査があります。

特にM&Aでは、簿外債務の存在は買い手側がディスカウントする際の交渉材料になります。

M&Aでの労務デューデリジェンスでは、次のような簿外債務の存在が判明することが頻繁にあります。

(1)未払賃金の存在

未払賃金は、会社が労働者に対して負担する債務になります。

具体的には、過去3年分に支払われていない通常の賃金、残業代等が未払賃金になります。

単に支払っていない賃金だけでなく、労働時間管理が杜撰なため計算漏れになった賃金、就業規則の整備が不十分なため発生している賃金等も未払賃金に含まれますので、かなり高額になることもあります。

(2)労働保険、社会保険の未加入

労働保険や社会保険の保険料未払は当然に会社の債務となりますが、要件を満たしている従業員を雇用保険者や社会保険に加入させていない場合は、その従業員を加入させていた際に支払うべき保険料が簿外債務となります。

なお、保険料の時効は2年なので、過去2年に遡った額が簿外債務です。

(3)不当解雇の存在

労基署の除外認定を受けずに解雇予告手当を支払わずに解雇している場合は、解雇予告手当の額が簿外債務になります。

それ以外にも、不当解雇(解雇権濫用法理に抵触する解雇)が行われて労使紛争となり、判決等で解雇自体が無効とされた場合、会社はその従業員に支払うべきであった賃金を解雇したときに遡って(最長3年)、支払わなければなりません。

従って、不当解雇が行われている場合は、支払うべきであった賃金が簿外債務になっている可能性があります。

 

3.まとめ

労基法違反は、30年くらい前であれば、信号無視や一時停止違反等と同レベルの話でしたが、働き方改革が本格化して労基署の監視が厳しくなり、また転職の増加に伴い退職前後に残業代の支払いを求める人が増える等、厳格な適用がされるよう社会が変化しました。

従って、従業員数が多い会社では、雇用にまつわる法令違反のリスクは大きなものになる可能性があります。

このような中、M&Aの際には労務デューデリジェンスを実施し、より適正な対価を見積もることが不可欠になりつつあります。

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