近年、企業や従業員を取り巻く大きな社会問題となっているのが“カスタマーハラスメント(カスハラ)”です。
顧客や取引先による暴言、長時間のクレーム、過剰な補償要求などは、従業員の精神的負担を増大させ、企業経営にも深刻な影響を及ぼします。
こうした状況を受け、2025年6月4日、改正労働施策総合推進法が成立しました。
この改正により、企業にはカスタマーハラスメント対策を講じる法的義務が課され、2026年10月1日から施行される予定です。
これまで「努力義務」や「推奨」にとどまっていたカスハラ対策が、企業の法的責任として明確化されたことは、労務管理において大きな転換点と言えるでしょう。
本記事では、改正法の内容を踏まえながら、企業が今から準備すべきカスハラ対策の実務ポイントを解説します。
目次
カスタマーハラスメントとは何か
カスタマーハラスメントとは、顧客や取引先が企業や従業員に対し、社会通念を超える不当な要求や迷惑行為を行うことを指します。
厚生労働省の指針では、例えば次のような行為がカスハラに該当するとされています。
主なカスハラの例
- 人格を否定する暴言や威圧的な発言
- 長時間にわたる執拗なクレーム
- 土下座などの過剰な謝罪要求
- 不合理な返金・補償の要求
- SNSでの誹謗中傷や晒し行為
- 従業員への身体的暴力
特に近年は、SNSの拡散リスクも加わり、企業のブランドや信用を大きく傷つけるケースも増えています。
実際、飲食店や小売店の店員に対する暴言動画や、過剰クレームの録音データがSNSで拡散され、社会問題として取り上げられる事例も増えています。
改正労働施策総合推進法で何が変わるのか
2025年に成立した改正労働施策総合推進法では、企業に対しカスタマーハラスメント防止措置を義務化する内容が盛り込まれました。
これは、すでに義務化されている
- パワーハラスメント
- セクシュアルハラスメント
- マタニティハラスメント
と同様に、企業が組織的に防止措置を講じる必要があるハラスメントとして位置付けられたことを意味します。
具体的には企業に以下の対応が求められます。
企業に求められる主な義務
- カスハラ防止方針の策定
- 従業員への周知・教育
- 相談窓口の設置
- 被害発生時の適切な対応
- 被害従業員の保護
これらの対応を怠った場合、行政指導や企業の安全配慮義務違反が問題となる可能性があります。
東京都ではすでに条例が施行
国の法改正に先行して、東京都では2025年4月に「カスタマー・ハラスメント防止条例」が施行されています。
この条例では
- 顧客によるハラスメント行為の禁止
- 企業の防止措置
- 社会全体での啓発
などが盛り込まれており、全国的なカスハラ対策のモデルとなっています。
今後は、他の自治体でも同様の条例が広がる可能性が高いと見られています。
カスハラが企業に与える深刻な経営リスク
カスハラ問題は単なるクレーム対応の問題ではありません。
企業経営において次のような深刻なリスクを引き起こします。
従業員の離職
カスハラ対応による精神的ストレスは、離職の大きな原因になります。
特にサービス業や医療業界では「クレーム疲れ」による退職が増えています。
メンタルヘルス不調
長期的なクレーム対応は、うつ病や適応障害の原因になることもあります。
生産性の低下
長時間のクレーム対応は、本来の業務を圧迫し企業全体の生産性を下げます。
企業イメージの悪化
SNS上で「従業員を守らない企業」と批判されると、企業ブランドにも大きなダメージを与えます。
企業が今すぐ取り組むべきカスハラ対策
2026年10月の法施行を待たず、企業は早急に対策を整える必要があります。
① カスハラ対応マニュアルの整備
現場の従業員が最も困るのは「どこまで対応すべきか分からない」ことです。
そのため、
- 対応時間の上限
- 上司へのエスカレーション基準
- 対応打ち切り基準
などを明確にした対応マニュアルが必要です。
② 従業員研修の実施
カスハラ対応にはスキルが必要です。
例えば
- 感情的な顧客への対応方法
- 危険なケースの見極め
- 録音や記録の取り方
などをロールプレイング形式で教育することが有効です。
③ 相談体制の整備
カスハラ被害を受けた従業員が「相談しづらい」という状況は非常に危険です。
社内相談窓口のほか
- 外部相談窓口
- 産業医
- 社労士
などの第三者機関と連携する体制も重要です。
④ 顧客への周知
最近では、企業側が「カスハラには対応しません」という方針を明示するケースも増えています。
例えば
- 店内掲示
- ホームページ掲載
- 利用規約への記載
などが有効です。
カスハラ対策は「人材確保」の観点でも重要な経営課題
近年、企業の人材確保はますます難しくなっています。
少子高齢化による労働人口の減少に加え、若い世代を中心に「安心して働ける職場環境」を重視する傾向が強まっているためです。
こうした中で、カスタマーハラスメントへの対応が不十分な企業は、人材採用や定着において大きな不利になる可能性があります。
実際に、求職者が企業を選ぶ際には、給与や福利厚生だけでなく、
- 従業員を守る企業文化があるか
- ハラスメント対策が整備されているか
- トラブル時に会社が守ってくれるか
といった点も重視されています。
特にサービス業、小売業、医療業界、介護業界などでは、カスハラによるストレスが原因で離職するケースも少なくありません。
従業員が安心して働ける環境を整備することは、優秀な人材の流出を防ぐための重要な労務戦略でもあるのです。
また、企業がカスハラ対策を明確に打ち出すことで、「従業員を大切にする企業」というイメージを社会に発信することにもつながります。
近年は企業の取り組みがSNSなどで可視化される時代であり、適切な対応は企業ブランドの向上にも寄与します。
2026年10月の法施行は、単なる法令対応ではなく、企業の組織づくりや人材戦略を見直す契機とも言えるでしょう。
企業が早期にカスハラ対策を整備し、従業員を守る姿勢を明確にすることは、これからの時代における持続的な企業経営に欠かせない取り組みと言えます。
実際に話題となったカスハラ事例
カスハラは決して特殊な問題ではありません。
近年話題になった事例としては
- コンビニ店員への暴言動画がSNSで拡散
- 飲食店で土下座を強要した事件
- コールセンターでの長時間クレーム問題
などがあります。
特にコールセンターでは、数時間に及ぶクレームが問題となり、企業が対応ルールを見直すケースが増えています。
カスハラ対策で企業が失敗しやすいポイント
実務では次のような失敗も多く見られます。
「お客様第一」で従業員を守れない
顧客対応を優先しすぎると、従業員の離職につながります。
対応ルールが曖昧
現場任せになると、対応が属人化します。
記録を残していない
トラブル時に証拠が残らないケースがあります。
2026年施行までに企業がやるべき準備
企業が今から取り組むべき準備は次の3つです。
- カスハラ防止方針の策定
- 社内マニュアルの作成
- 従業員教育の実施
法施行直前になって慌てる企業も多いと予想されます。
早期に対応する企業ほどリスクを低減できます。
まとめ
2026年10月、カスタマーハラスメント対策は企業の法的義務となります。
これは単なるクレーム対応の問題ではなく、
- 従業員の安全
- 企業ブランド
- 人材確保
に関わる重要な経営課題です。
カスハラ対策は、従業員を守ることと企業を守ることの両方につながる取り組みです。
当事務所では、
- 社内研修
- 就業規則整備
- 労務トラブル対応
など、企業の実務に即したサポートを行っています。
カスタマーハラスメント対策でお困りの企業様は、ぜひお気軽にご相談ください。